物価上昇が続くなか、値上げは多くの事業者にとって避けては通れない選択となっています。しかし、「値上げ=お客様離れ」という懸念から、その決断を先送りにしている経営者も少なくありません。けれど、正しく伝えれば、値上げは「応援の機会」にもなり得る。今回は、そんな一つの実例を紹介します。
値上げに「ありがとう」の声
長野県のとある町に、地元で30年以上親しまれてきた小さなパン屋があります。ご夫婦で営むこの店は、毎朝4時から仕込みをはじめ、焼きたての香りと笑顔でまちの人々を迎えてきました。看板商品の「昔ながらのクリームパン」は、創業以来の人気商品で、地元の子どもからお年寄りまで幅広く愛されています。
しかし昨年、小麦粉・卵・バターの価格が高騰し、電気料金や包材費も軒並み上昇。とくにバターは1.5倍、小麦粉は1.3倍になり、仕入原価は過去最高に。利益は年々縮小し、これ以上価格を据え置けば「品質を落とすか、営業を続けられないか」の二択に迫られていました。
そこで店主は、「クリームパンを150円から200円に値上げする」という苦渋の決断をします。50円という値上げ幅は、この地域では大きなインパクトがありました。それでも、告知をした後に起きたのは、「やっと言ってくれた」「これからも頑張って」といった、まさかの“応援の声”でした。
納得を生んだ「伝え方」
ベーカリー・フレールが値上げの告知に使ったのは、手書きの「クリームパンが値上げになります」という店頭ポスターでした。それにはこう書かれていました。
お客様へ
いつもご愛顧ありがとうございます。原材料の高騰が続くなか、私たちもできる限り工夫をしてまいりましたが、もうこれ以上、品質を下げずに続けることが難しくなってしまいました。
子どもにも安心して食べてもらえるよう、保存料は使わず、卵は地元農場の新鮮なもの、小麦は国産小麦にこだわってきました。これからも“うちのパンが、まちの元気”であるために、誠に心苦しいのですが、2025年6月1日より、クリームパンを150円→200円にさせていただきます。
どうかご理解をいただき、これからも変わらぬご愛顧をお願いいたします。
この言葉に込められたのは、「逃げない姿勢」と「約束の継続」です。安易に“コストが上がったから仕方ない”と伝えるのではなく、「私たちはあなたのためにここまで努力しました」「でも、これ以上は品質を保てません」「だからご理解ください」という順序で、誠実に説明したのです。
さらに、ポスターは手書きで、店主のあたたかみある筆跡がにじんでいました。「機械の言葉」ではなく、「人の言葉」だったことも、心に響いた大きな理由です。
お客様は「価格」だけを見ていない
この出来事から、商いの本質を考えさせられます。それは、「お客様は価格でしか判断しない」と思い込んでいたのは、実は事業者の側だったということです。
人は、「この人は誠実だ」「この商品は信頼できる」と思えば、価格だけで判断はしません。むしろ、「続けてほしい」と願い、背中を押す存在にもなってくれるのです。
同店では、値上げ後に来店者が微増し、まとめ買いする人も現れたといいます。「値上げしてくれてよかった。これで安心して買い続けられる」との声もあったそうです。
値上げとは、単に数字の話ではありません。「信頼関係を更新する行為」なのです。
信頼を深める「値上げ」の作法
この事例から導き出せる、納得される値上げの三原則は次の通りです。
背景を伝える(事実を隠さない)
なぜ値上げせざるを得ないのか、その現実を正直に、かつ丁寧に伝える。
自分たちの努力も示す
「何もしていないのに上げる」のではなく、「努力してきたが、限界が来た」ことを示す。
お客様への感謝と、これからの約束を言葉にする
価格変更は「終わり」ではなく、「これからも続ける」ための始まりであることを伝える。
この3つがそろったとき、値上げは単なるコスト転嫁ではなく、お客様と事業者の「信頼の再契約」になるのです。値上げの時代は、同時に「誠実さが伝わる時代」でもあります。人と人が向き合う商いであればこそ、苦しいときほど逃げずに語ること。そして、その言葉にふさわしい仕事を貫くこと。それこそが、応援される商人の姿なのです。







