「閉店します」
この五文字には、言葉以上の覚悟と想いがどれほどか込められていることでしょう。それは後ろ向きな撤退ではなく、商人としての矜持と責任を持って人生の節目に向き合う、凛とした決断です。
先日、あるパン屋が閉店を発表しました。昭和の創業から48年、地域で親しまれてきた店です。ただのパン屋ではありませんでした。「しゃべる看板」と呼ばれるユニークな掲示で街行く人を楽しませ、テレビでもたびたび取り上げられた名物店です。

その店主は私へのメッセージで「辞める理由は、一言で言えば“次のステップへ”です」と綴りました。「8年前に父の店を継いだ時、“10年で軌道に乗せて、自分はもっと地域のために動きたい”という目標を立てました。ありがたいことに7年で達成できましたが、スタッフ不足もあり、思うような動きができずにいました」。
「そんな中で、48年使ってきた機材が次々と壊れていく。再投資するタイミングで、“今から20年パン屋として生きるのか、それともここで終わるのか”と自問しました」
「仲間の死、家族との時間、やりたいのに忙しさにかまけてできないこと……。焦りを感じました」
「家族と過ごし、地域と向き合いながら、“街を面白くすること”に挑戦したい。閉店はそのためのスタートです」
「父からこう言われました。“500人に喜ばれるパン屋でも、お前がやりたいことなら5万人、10万人に喜んでもらえるかもしれない。だったら全力でやってみたらいい”と」

閉店を決断するには、相当の勇気と責任が必要です。特に、地域に深く根ざした店であればあるほど、「終える」ことは簡単ではありません。
それでも、誠実に区切りをつけることは、商いにおける“最後の務め”であり、志のリレーでもあります。パンという商品がなくなっても、そこに込められた哲学と想いは、地域と人々の記憶に確かに残り続けます。
この店主が示してくれたのは、「閉店とは逃げではない」ということ。むしろ、“何のために商いをしてきたのか”を、自らに問う勇気の証でした。
閉じることで、開ける道があります。閉店後、この店主はまだ「何をやるか」は決めていないといいます。けれど、語る言葉には希望と決意が込められていました。「家族と向き合い、地域に向き合いながら、また違う形で商いをしていきたい」という姿は、まさに“新たな商人のかたち”です。

これからの時代、商いは「続けること」だけが美徳ではありません。変化を恐れず、終えるべきときに終える勇気。その後も「志を持って社会と関わり続ける姿勢」。それこそが、真に支持される商人の在り方なのだと、この店主は身をもって示してくれました。
「閉店」という言葉の裏に、人は「寂しさ」や「喪失」を感じがちです。しかし、本当に大切なのは「どのように閉じるか」です。感謝を伝え、誠実に幕を引き、関わってくれた人々の記憶に“あたたかな痕跡”を残す――。それができれば、その商いは確かに、成功していたと言えるのではないでしょうか。
そして、そんな背中を見て「次に開く誰か」が現れる。だから、商いは続いていくのです。閉店とは、終わりではなく“つながりのバトン”を渡す瞬間。その瞬間を、美しく、志を持って迎える人が増えるほど、私たちのまちはもっとあたたかく、もっと面白くなっていくはずです。
最後に、長年にわたって商いを続け、地域の人々を笑顔にしてくれた店主に、心より感謝を申し上げます。どうかこれからの人生が健やかで、実り多いものでありますように。そしてまた、どこかで新たなかたちで“商いの心”を伝えてくれる日を楽しみにしています。






