笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

新しい仕事を始める上での心得

◆今日のお悩み

職場が変わり、心機一転、新しい仕事に取り組みます。これまでの経験も生かせそうです。心得ておくべきことはありますか?

 

新しい仕事に就くというのは、期待と不安が入り交じる人生の節目です。これまでの経験が生かせる環境にあるなら、なおさら「すぐに結果を出したい」「力を示したい」と意気込む気持ちがあることでしょう。

 

しかし、私はそこにこそひとつの落とし穴があると考えています。それは、「経験がある人ほど、無意識に“できているつもり”になってしまう」ことです。

 

商いの世界では「初心忘るべからず」という言葉が何よりも重んじられます。とくに人と接する仕事においては、自分の視点よりも「相手の視点」が重要だからです。

 

ある老舗の旅館で聞いた話です。創業100年を超えるこの旅館では、40代の男性が総支配人として迎えられました。

 

彼は都市部の高級ホテルでの豊富な経験があり、サービスや接遇のプロフェッショナルでした。着任直後、彼はさっそく業務の見直しに着手し、チェックインの効率化やサービスの標準化など、自身の成功体験を次々に導入しました。

 

しかし、ある日、常連客からこんな声が寄せられました。「便利にはなったけど、なんだかよそよそしくなったね。あの宿らしさが消えた気がする」。

 

実はその旅館は、近所の農家でとれた野菜の話題や、おかみさんとの世間話、布団を敷きに来てくれるスタッフとの雑談など、「ちょっとした非効率」が魅力となっていたのです。支配人はその声に耳を傾け、あらためて現場スタッフやお客様と時間をかけて対話を重ね、「この宿らしさ」を守りながら自らの経験を生かす方向へと舵を切り直しました。

 

この事例から学べるのは、「新しい職場に自分を合わせる姿勢」の大切さです。経験とは道具であって、それをどう使うかは現場の空気や相手の気持ちに左右されます。だからこそ、新しい環境ではまず“耳を澄ます”ことが最初の仕事なのです。

 

実際、私が出会ってきた多くの繁盛店や成長企業のリーダーたちは、皆一様に「聴く力」に長けていました。自分の知識や実績を語る前に、スタッフの声に耳を傾け、現場の流儀を尊重します。その姿勢こそが、信頼を得る第一歩となるのです。

 

では、具体的にどのような心構えで新しい仕事に臨めばよいのでしょうか。以下の三つの心得を、ぜひ参考にしてください。

 

「正解よりも、理解を」
経験に基づいた正解を提示するよりも、まずその現場の「なぜこのやり方をしているのか」を理解することから始めましょう。

 

「話すより、聴く」
自分の意見を伝える前に、周囲の声に耳を傾けてください。とくにベテラン社員やお客様の声には、その場でしか得られない知恵が詰まっています。

 

「変える前に、馴染む」
改善や変革を急ぐよりも、まずは現場に馴染むこと。その中で、何を残し、何を変えるべきかが見えてきます。

 

新しい仕事は、まさに“第二の入社式”のようなものです。これまでのキャリアはあなたの誇りであり、強みです。けれど、それを“押し出す”のではなく、“活かす”ことが大切なのです。

 

経験とは、謙虚な姿勢と結びついたときにこそ、真の価値を発揮します。「これまでの私」ではなく、「これからの私」をつくるつもりで、新たな一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。

 

#お悩みへのアドバイス

耳を澄まし現場に学べ
語る前にまずは聴け
正解よりも理解を持て
変えるよりも馴染め

 

※このブログは、東海道・山陽新幹線のグリーン車でおなじみのビジネスオピニオン月刊誌「Wedge」の連載「商いのレッスン」を加筆変更してお届けしています。2年間24回をもって連載は終了させていただきますが、毎号、興味深い特集が組まれていますので、ぜひお読みいただけると幸いです。また、これまでのコラムはオンラインメディア「Wedge ONLINE」でもお読みいただけます。

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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