笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

地の塩のような商い

「あなたがたは地の塩である」

 

新約聖書「マタイによる福音書」にある一文です。その後に「もし塩が塩気をなくしたら、何によって塩にすることができようか」と続く言葉は、イエスが弟子たちに向けて語ったメッセージとして知られています。「世界を変えよ」とも「偉くなれ」とも言っていません。語られているのは、もっと静かで、もっと深い生き方です。

 

塩は主役ではありません。けれど、塩のない料理が成立しないように、なくてはならない存在です。塩は目立たず、主張せず、飾らない。しかし、腐敗を防ぎ、味を引き出し、全体の質を支えます。足すのではなく、引き出す。飾るのではなく、整える。支配するのではなく、支える。それが「地の塩」という生き方です。

 

効いている人は目立たない

 

現代は「目立つ人」が評価されやすい時代です。発信力、影響力、フォロワー数、話題性、露出量。可視化できるものが価値の物差しになります。けれど、現場を見続けていると、まったく違う現実が見えてきます。

 

その人がいると空気が整う。その人がいると現場が荒れない。その人がいると人が辞めない。その人がいると信頼が積み重なる――そんな人がいるのです。こういう存在は、決して派手ではありません。表彰もされない。称賛も集めない。しかし、いなくなった瞬間に、組織は弱くなる。それが「地の塩」です。

 

地方都市の小さな商店街にある、ある老舗の青果店。安売りの店でもなく、特別な希少商品があるわけでもない。品揃えも大型店にはとうてい及びません。それでも毎朝、店頭を掃き、通学する子どもに声をかけ、高齢のお客の名前と好みを覚え、「今日は寒いから、鍋向きの野菜にしておくね」と一言添えることをやめません。

 

売り込みはしない。
煽らない。
押しつけない。
ただ、暮らしに寄り添う。

 

だから地域の人はこう言います。「ここがあると安心する」「この店がなくなったら困る」「買い物以上の場所なんだよね」――これ以上の評価があるでしょうか。売上規模で見れば、決して大きな店ではありません。けれど、その店があることで、商店街の空気が守られ、関係性が保たれ、暮らしのリズムが整っている。この店は、地域にとっての「地の塩」なのです。

 

商いにおける「地の塩」

 

「地の塩」とは、影響力ではなく、存在力です。発信力ではなく、信頼力です。商いにおいて問われるのは、「売れているか」ではなく「効いているか」です。「儲かっているか」ではなく「支えているか」です。

 

この店がなくなったら、誰が困るのか。この人がいなくなったら、何が崩れるのか。この場が消えたら、何が失われるのか。その問いに、具体的な顔が浮かぶ店こそが「地の塩」というべき存在です。

 

これは称号ではありません。使命です。「世界を変えよ」ではなく「世界を支えよ」であり、「輝け」ではなく「腐らせるな」であり、「目立て」ではなく「効け」ということです。混迷の時代だからこそ、この言葉は重みを増しています。派手さより持続性。成功より信頼。スピードより深さ。拡大より根づきが求められています。

 

商いも同じです。誠実な接客、ぶれない判断軸、約束を守る姿勢、ごまかさない仕事、続ける覚悟。それらの積み重ねが店の人格になり、人の信頼になり、地域の基盤になります。派手である必要はありません。有名である必要もありません。大きくなる必要もありません。必要なのは、その場にとって、なくてはならない存在になることです。

 

静かに、深く、確実に。
世界を変えなくていい。
社会を支えればいい。

 

それが商人としての「地の塩」という生き方ではないでしょうか。あなたはどう思いますか。

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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