笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

プルデンシャル生命で起きた一連の不祥事は、多くの人にとって「またか」という感覚とともに受け止められたのではないでしょうか。報道では、コンプライアンス違反、不適切な営業行為、管理体制の不備といった言葉が並びます。そして、決まって続くのは「一部社員の問題」「会社としては把握していなかった」「再発防止に努める」という説明です。

 

けれど、この構図は決して珍しいものではありません。業界も企業規模も違えど、不祥事が起きたときの説明構造は、驚くほど似通っています。そこにあるのは、制度や規程の欠陥というよりも、もっと根の深い問題です。それは、判断の基準がどこに置かれていたのかという問いに集約されます。

 

問われているのは「制度」ではなく「倫理」

 

問題の本質は、コンプライアンス体制や管理フローの話ではありません。それは、もっと根源的な問いです。すなわち、倫理の喪失という問題です。

 

商売十訓の第一項にある「損得より先に善悪を考えよ」という言葉は、単なる道徳訓ではありません。これは商いの現場で長く生き残ってきた人々がつかみ取った、商売が続くための構造原理です。

 

組織が大きくなるほど、判断は制度化されていきます。評価制度、KPI、目標管理、成果報酬、ランキング、インセンティブ。こうした仕組みは組織運営にとって必要不可欠です。しかし、その中に一つだけ欠けると致命的になるものがあります。それが「倫理軸」です。

 

それは正しいか。
それは人を傷つけないか。
それは信頼を壊さないか。
それは誇れる行為か。

 

この問いが消えた瞬間、判断基準は単純化されます。「得か、損か」だけになる。売上が上がるか、数字が伸びるか、評価が上がるか、昇進につながるか。その瞬間、善悪ではなく損得が軸になり、正義ではなく効率が支配し、倫理ではなく成果が正当化される構造が生まれます。

 

この構造に入った組織では、不祥事は事故ではありません。必然です。なぜなら、それは個人の問題ではなく、構造の問題だからです。

 

善悪が消えると数字が神になる

 

不祥事の当事者は、決して「悪いことをしている」という自覚を持っていないことがほとんどです。「会社のため」「組織の期待に応えるため」「目標達成のため」「顧客のためにもなる」と信じながら逸脱していく。倫理が壊れるとき、人は“自分は正しい”と思いながら道を外します。

 

だからこそ、「損得より先に善悪を考えよ」という言葉は深いのです。善悪とは感情ではなく、立場でもなく、正当化でもありません。それは内側の静かな問いです。この行為は人として正しいか。自分の子どもに説明できるか。名前を出して語れるか。10年後に誇れるか。その問いが消えたとき、組織は音を立てずに崩れ始めます。

 

ここで重なるのが、商業界精神の根本原理である「店は客のためにある」という思想です。これはスローガンではありません。商いの構造を定義する原理です。店は売上のためにあるのではない。利益のためにあるのでもない。評価のためにあるのでもない。顧客のために存在するという順序が、商いの出発点なのです。

 

この順序が逆転した瞬間、商売は変質します。顧客のためではなく、数字のためになる。信頼のためではなく、評価のためになる。価値のためではなく、成果のためになる。そのとき、商いは「経済活動」にはなっても、「商人の仕事」ではなくなります。

 

信頼とは、「この人なら大丈夫」という感情の蓄積です。誠実な説明、一貫した姿勢、約束を守ること、都合の悪いことほど正直に語ること。こうした積み重ねが信頼をつくります。しかし、信頼には非対称性があります。築くのは時間がかかり、壊れるのは一瞬。そして壊れるときは、一人の行為が組織全体を巻き込みます。

 

だから倫理は、個人任せにしてはいけないのです。倫理は文化として組織に埋め込まれなければならないものです。「仕組み」より先に「軸」が必要なのです。

 

「続く商い」は倫理を基盤にしている

 

多くの企業は不祥事の後、規程を整備し、ルールを増やし、監査を強化し、チェックフローを複雑化し、管理システムを導入します。しかし、それは対症療法に過ぎません。本質は、「判断の順序」にあります。善悪が先か、損得が先か。その違いが、すべてを分けます。

 

商売十訓が教えているのは、ルールではなく順番です。善悪が先にあり、信義があり、誠実があり、信頼があり、その上に損得が乗る。この順序が逆転した瞬間、商いは静かに崩れていきます。

 

倫理はきれいごとではありません。理想論でも精神論でもありません。持続性の条件です。短期的には不正は成果を生むことがあります。数字は上がり、評価も得られるかもしれない。しかし、信頼を消費する成長モデルは、必ず限界を迎えます。

 

一方で、倫理を基盤にした商いは、派手さもなく、成長も遅く、効率も悪く、手間もかかります。けれど、壊れない。これは商人にとって最大の強みです。

 

「損得より先に善悪を考えよ」は、「損をしろ」という教えではありません。順番を間違えるな、という教えです。儲かるかではなく正しいか。効率的かではなく誠実か。得かではなく信頼されるか。この順序で考え続けること。

 

商いとは、単なる経済活動ではありません。人と人との信頼の上に成り立つ人間活動です。だからこそ、商業界精神の「店は客のためにある」と、商売十訓の「損得より先に善悪を考えよ」は、本質的に同じ思想線上にあります。

 

不祥事は、他人事ではありません。大企業だけの問題でもありません。金融業界だけの話でもありません。それは、すべての商人に突きつけられている問いです。

 

あなたの判断基準は、損得ですか。
それとも、善悪ですか。

 

数字は後からついてきます。成果も、評価も、後からついてきます。しかし、信頼は先に失われます。倫理を失った瞬間に、静かに消えていきます。商売十訓は、時代遅れの言葉ではありません。むしろ、不祥事の時代にこそ最も現代的な経営哲学です。

 

損得より先に、善悪を考える。
店は、客のためにある。

 

この二つの原理を守れるかどうかが、その商いが「続く商い」か、「消える商い」かを分けます。今の余力ではなく、どんな未来を選ぶか。商人の倫理とは、未来選択の思想なのです。

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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