「どうしたら儲かるでしょうか」
商人と向き合うなかで、幾度となく聞いてきた問いです。売上を伸ばしたい。利益を出したい。その思いは誰にとっても切実です。その問いに正面から答えようとすると、私はいつも、ある言葉に立ち返ります。
「儲けは設け」
同じ「もうけ」と読める二つの漢字ですが、意味はまったく異なります。儲けは結果であり、設けは準備。商いにおいて、結果は偶然に左右されるものではなく、事前にどれだけ設けていたかによって、その姿を変えていくのです。
儲けを追うと苦しくなる
売上が落ちると、人は焦ります。値下げをする。販促を強める。新商品を急いで投入する。いずれも間違いではありませんが、儲けそのものを直接つかみにいく商いは、往々にして不安定になります。
なぜなら、儲けは「結果」であって、コントロールできないからです。天候、景気、競合、流行。商人がどれほど努力しても、外部環境は思いどおりにはなりません。
一方で、設けは違います。設けは商人自身が決め、整え、積み上げることができます。「誰のための商いなのか」「どんな場面で役に立ちたいのか」「この店は何を大切にしないのか」という問いに、日頃から答えを用意している店は判断がぶれません。
逆に、設けがないまま儲けを追いかけると、その場その場の対応に振り回され、商いは疲弊していきます。儲けを追うほど苦しくなる商いは、設けが足りていないのです。
設けとは目に見えない準備
設けというと、設備投資や仕入れ計画など目に見える準備を想像しがちです。もちろん、それらも重要です。しかし、商いの質を本当に左右する設けは、もっと見えにくいところにあります。
たとえば、忙しいときほど、どんな声かけをするのか。クレームが起きたとき、誰がどう判断するのか。新人が迷ったとき、何を基準に動けばよいのか。こうした「判断の前提」が設けられているかどうかで、店の空気は大きく変わります。
ある飲食店では、利益率の低さに悩んでいました。当初は値上げやメニュー削減を検討していましたが、店主は一度立ち止まり、「設け」を見直しました。誰のための店なのか、どんな時間を提供したいのか。その結果、「近隣で働く人が昼に気持ちを切り替えられる場所になる」という設けを定めたのです。
そこから、配膳動線、席配置、声かけの順序を整えました。儲けの数字を直接いじったわけではありません。設けを整えた結果、客単価とリピート率が上がり、利益は安定していきました。設けとは、未来の判断を楽にするための準備なのです。
仕組みになると自然と儲かる
設けが積み重なると、それはやがて仕組みになります。仕組みとは、誰かが無理をしなくても、望ましい行動が自然に選ばれる状態です。
・忙しくても接客の質が落ちない
・新人でも一定の水準を保てる
・判断に迷ったとき立ち戻る基準がある
こうした仕組みがある店は強いだけでなく、長く続きます。気合や根性に頼らず、商いが回るからです。設けに時間をかけると、「遠回りしているのではないか」と不安になることもあるでしょう。しかし、設けを省いた商いは必ずどこかで無理が生じます。
今日の儲けを追う前に、今日、何を設けたのか。判断基準は整っているか。明日も続けられる仕組みはあるか。儲けは設けがあってこそ結実します。商いは、始める前の準備と、日々の設けの積み重ねによって、その行き先が静かに決まっていくのです。






