商いの現場で、「この店は信じられる」「この人から買いたい」と感じる瞬間があります。価格や立地、品揃えだけでは説明できない、その感覚の正体。それは、日本語が長い時間をかけて磨いてきた「まこと」という一語に宿っているのではないでしょうか。
「まこと」には、誠・真・実という三つの漢字があります。商人の仕事は、この三つを日々行き来しながら積み重ねられています。
誠──ごまかさない姿勢が関係を深くする
誠とは、偽りのない姿勢です。うまく見せようとしない。その場しのぎで逃げない。相手の立場に立ち、正直に向き合う。誠は、言葉よりも先に態度として相手に伝わります。
広島県ある食品小売店で、仕入れ原価の高騰により、やむを得ず価格改定を行った際のことです。店主は、値札を替えるだけでなく、売場に手書きの説明を添えました。原料の状況、これまで価格を維持してきた努力、そして「それでもこの品質は守りたい」という思いを、簡潔な言葉で伝えたのです。
結果、値上げ後も大きな客離れは起きませんでした。「事情がわかって安心した」「正直に書いてくれてありがとう」という声がむしろ増えたといいます。
誠とは、完璧であることではありません。ごまかさず、正面から向き合うこと。その姿勢が、信頼を静かに深めていきます。
真──見たい現実ではなく見るべき本質を見る
真とは、事実であり、本質です。商いが行き詰まるとき、多くの場合、商人は「真」から目を逸らしています。「景気が悪い」「人手不足だから仕方ない」という説明は、心を守ってくれますが、商いを前に進めてはくれません。
来店客数の減少に悩んでいた新潟県のある眼鏡店では、当初、SNS発信不足が原因だと考えていました。ところが、実際にお客さまへ丁寧に話を聞くと、別の理由が浮かび上がります。
「店に入ると、何となく忙しそうで声をかけづらい」
「以前は相談しやすかった」
原因は発信力ではなく、売場の空気でした。スタッフ配置と作業動線を見直し、「話しかけられる余白」を意識した結果、来店頻度は徐々に回復していきました。
真を見るとは、都合のよい理由を現場とお客さまの声に、誠実に向き合うことなのです。
実──小さな行動が確かな成果になる
実とは、中身であり、成果です。誠と真は、行動に移されて初めて意味を持ちます。派手な改革である必要はありません。むしろ、毎日の小さな積み重ねこそが、実を結びます。
滋賀県のある文具店では、「相談しやすい店」を目指し、接客のルールを一つだけ変えました。それは、「すぐに商品を勧めない」ということ。まず用途を聞き、使う場面を一緒に想像する時間を取るようにしたのです。
その結果、購入点数はすぐに増えたわけではありません。しかし半年後、指名来店が増え、クチコミでの来店が広がりました。売上という数字だけでなく、「あの店に行けば安心」という評価が、実として積み上がっていったのです。
まことは商人の「呼吸」
誠・真・実は、独立した概念ではありません。誠ある姿勢で向き合い、真を見極め、行動として実を積む。この循環は商人の日常そのものです。
呼吸が乱れれば、人は苦しくなります。商いも同じです。誠を欠けば関係が浅くなり、真を見失えば判断を誤り、実を積まなければ商いは続きません。逆に言えば、特別な才能や派手な戦略がなくても、この呼吸を整え続ける商人は、環境が変わっても踏みとどまれます。
忙しいときほど、苦しいときほど、「やり方」ではなく、「まこと」に立ち返る。それは後退ではなく、商人としての軸を整える前進です。
今日の商いに誠はあったか。
真を見ていたか。
実を一つ積めただろうか。
この問いを胸に、一日を終えられる商人は、必ず明日につながる仕事ができます。まこととは、商人が商人であり続けるための最も静かで、最も確かな呼吸なのです。





