朝の開店準備を終え、帳簿を開いた瞬間にため息が出る。広告費をかけているのに反応は鈍く、在庫は減らず、スタッフも増やせない。やるべきことは山ほどあるのに、時間もお金も余裕もない――。
そんな「人も金も時間もない小さな会社」の経営者にとって、いま何をやめ、何を残すべきかは切実なテーマです。努力しているのに報われないときほど、足す発想ではなく、引く決断が問われます。頑張り続けるほど苦しくなる経営の正体は多くの場合、「やらなくていいこと」を抱え込みすぎている点にあります。
ピーター・ドラッカーは、イノベーションの第一歩は「廃棄」であると説きました。事業にとって陳腐化したもの、役に立たなくなったものを捨てよ、という思想です。彼はそれを「死せる者を埋葬して、初めて復活はなされる」と表現し、痛みを伴う決断の先にしか再生はないことを示しています。
復活は埋葬の後にこそある
竹内謙礼さんの新著『売り方の正解』は、このドラッカーの思想を、机上の理論ではなく、現場の感覚でかみ砕いた一冊。とりわけ第5章「売れない商品は処分しなさい――経費削減と経営改革10選」では、「ネット広告を、今すぐやめなさい」「余剰在庫は、迷わず廃棄しなさい」「『もったいない』を捨てなさい」と、容赦のない言葉が並びます。
これらの“正解”は一見すると過激で、冷酷にさえ映るかもしれません。しかし読み進めるほどに、それが小さな会社を守るための、極めて現実的な提案であることがわかってきます。流行りの手法や“やっている感”に頼る経営を、著者は愛情をもって、しかし躊躇なく切り捨てていきます。
特にネット広告については、大企業と同じ土俵に立たされ、資金力で消耗戦に巻き込まれる現実を直視せよ、と迫ります。その姿勢は挑発的ですが、実態を知る経営者ほど、背中を正面から叩かれる感覚を覚えることでしょう。
本書の中で、「投資した社長や、責任を取らなくてはいけない上司は、現場で働いているスタッフよりも『もったいない』という意識が生まれやすい」という指摘があります(本書200ページ)。この一文は、本書の思想を象徴していると言ってよいでしょう。
ここで語られているのは、いわゆるサンクコストの罠です。すでに実行してしまい、二度と回収できないお金や時間、労力。これらサンクコストを惜しむあまり、本来ならやめるべき行動を続け、結果として損失を拡大させてしまう経営者は少なくありません。余剰在庫を処分できないのも、効果の薄い広告をやめられないのも、「ここまでやったのだから」という感情が、冷静な判断を奪ってしまうからだと、著者は指摘します。
生き残るために不可欠な三つの力
本書で取り上げられている50の手法は、読者がこれまで抱いていたマーケティングの常識と異なるかもしれません。しかし、常識は過去のものであり、必ずしも未来を保証するものではありません。テクノロジーの進化や社会構造の変化によって、私たちが当たり前だと思ってきた前提や価値観は、すでに根底から揺さぶられています。そうした時代において、常識を少し外れたところにこそ、「売り方の正解」があるのだと、本書は語りかけてきます。
同時に本書は、単なるコスト削減のマニュアルではありません。根底には、これから先の10年間、商売人が生き残るために不可欠な三つの力――「顔を売る力」「見極める力」「考える力」――の具体的な実践像が通っています。
顔を売る力とは、単に実名や写真を出すことではありません。誰が、どんな思いで、この商品を勧めているのかを伝えることです。見極める力とは、世の中の流行に乗ることではなく、自分の店とお客に本当に合っているかを判断する力です。そして考える力とは、正解が用意されていない時代において、立ち止まり、選び直す勇気にほかなりません。
著者の竹内謙礼さんは、ネットショップ支援や中小事業者向けコンサルティングの第一線で長年活動してきた実務家です。長年にわたって発信しているメルマガ「ボカンと売れるネット通信講座」では、ウェブショップのみならず、実店舗のオーナーに向けても、売れるための「いろは」を伝え続けてきました。理論ではなく、数多くの失敗と成功を見てきたからこそ、「やめなさい」「捨てなさい」という言葉に、現実を動かす重みが宿っています。
人も金も時間もない小さな会社にとって、最大の資源は、経営者自身の決断力です。『売り方の正解』は、足し算をやめ、引き算から始める勇気を与えてくれます。何かを捨てたとき、初めて見えてくる景色があります。その景色は決して派手ではありませんが、地に足がつき、長く続く商いの風景です。
迷いながらも前に進もうとする商売人にとって、本書は「何を始めるか」よりも先に、「何を終わらせるか」を静かに、しかし繰り返し問いかけてくる一冊です。







