朝8時、弘前駅前にざわめきが広がります。氷の張ったトレーの鮮魚の香り、店先に並ぶ旬の野菜、惣菜を包む湯気──。買い物かごを手にした年配客と、子どもを連れた母親がすれ違いながら挨拶を交わします。ここは、市民の暮らしと共に68年歩んできた「虹のマート」。地域にとって、単なる商業施設ではなく、日々の食卓を支える“台所”そのものです。
1956年、37人の商人が集まり「弘前食料品市場協同組合」として創設されました。現在の建物は1994年に再整備され、来年には創業70周年を迎えます。場内には鮮魚、青果、精肉、惣菜、菓子、花、雑貨など25店舗が並び、平日で3,000人、週末には4,000人が訪れます。年間来場者は約113万人。来場者の8割が地元客で、観光誘致はあえて行っていません。「地元の暮らしに寄り添う」ことが、創業以来の信条です。
代表取締役の浜田大豊さんは弘前出身です。東京と仙台で営業職を経て、2021年にUターンし、実家の海産物店を継ぎながら市場運営を引き継ぎました。青森県の人口は2050年までに約39%減少するとされ、弘前市が3つ消える規模です。浜田さんはこう語ります。
「お客様が減るのは避けられません。ですが、“仕方ない”で終わらせたくありません。人口が減るからこそ、街の価値を上げる努力が必要だと思います」
この言葉には、地域商人としての覚悟がにじんでいます。

対面販売が生む信頼とぬくもり
2000年代、郊外型商業施設の進出で市場の売上は減少し、店舗も減っていきました。父の代から続いた議論を経て、2020年に協同組合から株式会社へ転換し、機動的に意思決定できる体制を整えました。しかし、浜田さんが代表に就いた2021年当時、店舗は18まで減少し、場内には空き区画が目立っていました。
危機感を抱いた浜田さんは、まず自ら動きました。SNS発信を始め、週末には小さなイベントを開催。閉店した花屋の区画を自ら借りて新しい花店を立ち上げました。こうした姿勢が周囲を動かし、市場の空気を変えていったのです。
次に導入したのが「チャレンジ出店制度」です。創業希望者やUターン希望者に初月家賃3万円で出店機会を提供し、弘前ビジネス支援センターと連携して若い担い手を呼び込みました。東京から戻ったコーヒー店やデザイナー、地元料理人など新しい顔ぶれが加わり、「虹のマートに行くと楽しいね」と言われるようになりました。
この3年で店舗数は18から25へ、売上は約122%に増加。来場者も1日1,000人ほど増えました。けれども浜田さんが強調するのは、数字ではありません。「もう一度挑戦できる」という前向きな空気を取り戻せたことです。
浜田さんは市場経営の軸に対面販売を据えています。顔を合わせ、旬を語り、調理法を伝え、世間話を交わす。そんなやりとりの積み重ねこそが信頼を育てる土壌です。デジタル化が進む今こそ、人の温度が地域の安心を支えているのです。

町にはみ出し、百年続く市場へ
築30年を超えた建物を前に、浜田さんは「町にはみ出す」という道を選びました。「虹のマートを建物の中に閉じ込めない。市場が町にはみ出すんです」と語ります。
その象徴が、隣接する「弘前駅土手プロムナード」です。ここを地域の人が自由に使える空間にしたいと考え、東北で初めて国土交通省の「道路占用許可特例制度」を活用しました。ベンチやテーブルを設置し、「ひとまちこみちプロジェクト」を立ち上げました。月に一度の清掃活動やファーマーズマーケット、ストリートスナックなどを開催し、「自分たちの街を自分たちで使いこなす」という意識を広げています。
さらに、スタンプカードの未使用ポイントを地域に還元し、遊歩道にベンチを設置しました。お客様の「もったいない」という気持ちが、街の「ありがとう」に変わる循環を生み出しています。
目標は「百年続く市場」です。「子どもたちや若者に誇れる市場を残したい」と浜田さんは語ります。市場は買い物の場を超え、人が集い、学び、励まし合う“人の交差点”です。
人口が減り、時代が変わっても、商いの本質は変わりません。「お客様の暮らしを支え、街を元気にする」。その志を持ち続ける限り、地域には未来があります。虹のマートの挑戦は、まさにその確信を体現しています。

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