◆今日のお悩み
息子に跡を継がせたいのですが、私の想いが伝わりません。どうすれば心を通わせられるでしょうか?
地方の老舗企業で頻繁に耳にする悩みがあります。
「息子が店を継ぐとは言っているが、どうも腹の底では納得していないようだ」
「自分が大切にしてきた“商いの心”が、まったく伝わっていない気がする」
このように、事業承継における「想いの断絶」は、数字や仕組みの引き継ぎ以上に、深刻な問題として多くの経営者を悩ませています。その本質は、経営戦略や業務マニュアルではなく、「なぜこの商いをしてきたのか」という動機と哲学の共有不足にあるのです。
所作が語る“志”
岐阜県飛騨市にある創業150年を超える酒蔵「渡辺酒造店」は、かつて事業承継に苦悩していました。現社長の渡辺久憲さんは、大学卒業後、東京での生活を選び、家業を継ぐ意思はなかったといいます。
しかし、帰省のたびに目にした父の姿に、ある変化が芽生えました。冬の寒空の下でも蔵にこもり、朝早くから米と水に向き合い、一つひとつの工程を丁寧に見つめるその所作。その姿勢に、単なる製造業ではない「酒造りに込めた精神」が宿っていることを感じ取ったのだといいます。
「酒を造るのではない、“歓び”を醸すのだ」
この父の言葉と行動が一致していたからこそ、継ぐべき商いの意味が息子の心に深く刻まれていきました。こうして久憲さんは家業に戻り、蔵元として再出発。伝統の製法に革新を加えた酒造りを進め、ヒット商品「蓬莱」は国内外の日本酒コンテストで数々の賞を受賞。インバウンド需要にも対応し、いまや飛騨の地酒はアジア、欧米でも高く評価されています。

さらに驚くべきは、若手社員が次々と入社し、地元の高校生が「将来、渡辺酒造店で働きたい」と口にする企業となったことです。伝統を大切にしながらも開かれた経営姿勢が、地域と人材を呼び込んでいるのです。まさにこれは、単に事業を「継いだ」だけでなく、志と哲学を受け継ぎ、“共に営む”関係が育んだ成果といえるでしょう。
所作と想いを一致させる
かつての「背中を見て学べ」式の承継は、もはや通用しない時代です。けれど今なお、「見せる背中」には力があります。ただし、それは所作と想いが一致しているときに限ります。
・なぜこの取引先を選ぶのか
・なぜこの商品には妥協しないのか
・なぜこの客には頭を下げるのか
そうした問いに、経営者自身が日々の姿勢で応えているでしょうか。その積み重ねこそが、次世代にとっての“生きた教科書”となります。
加えて、もう一つ必要なのは、その所作に込めた意味を言葉にする勇気です。
「わかるやつは見ていればわかる」
「言わずとも伝わるはずだ」
――そんな幻想を捨て、言葉と行動の両輪で想いを伝える覚悟が、今こそ求められています。なぜなら、事業承継とは「経営の引き継ぎ」ではなく、「志の受け渡し」だからである。そして、その第一歩は、今日の商いに込めた想いを所作で見せ、言葉で届けることにあります。
跡継ぎと共に営む時間を持ち、目を見て語り、現場で汗をかく――。その積み重ねの中にこそ、未来へ続く“真の商い”が育まれるのです。
あなたが見せる所作は未来の言葉になる
今日、あなたが次世代に見せる所作は、どんな“商いの言葉”になっているでしょうか。伝えるべきは、成功体験やノウハウではなく、「なぜ、この商いに人生を懸けてきたのか」という問いへの答えです。それを言葉で語り、所作で示し、そして“共に営む時間”に託すことです。
まずは、明日の朝、自らどのように一日を始めるかから、始めてみてください。小さな一歩が、跡継ぎとの心の距離を縮め、未来の商いをつくる礎となるのです。
#お悩みへのアドバイス
黙して語る背に
商いの道が灯る
明日を託す人と
いまを共に醸せ
※このブログは、東海道・山陽新幹線のグリーン車でおなじみのビジネスオピニオン月刊誌「Wedge」の連載「商いのレッスン」を加筆変更してお届けしています。2年間24回をもって連載は終了させていただきますが、毎号、興味深い特集が組まれていますので、ぜひお読みいただけると幸いです。また、これまでのコラムはオンラインメディア「Wedge ONLINE」でもお読みいただけます。





