笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

なぜ値引きをしない店が支持されるのか

「これ、もう少し安くなりませんか?」

 

店に立っていると、こんな場面に出会います。あるいは、近くの店がセールを始めたという話を耳にします。売上が伸び悩む時期にはなおさら心が揺れます。

 

値引きは確かに効きます。「特価」「今だけ」「〇%OFF」と掲げれば、お客様の足は止まり、売上は動くでしょう。短い期間で数字を作る方法として、これほど即効性のある手段はありません。

 

しかし、商いを長く見ていると、もう一つの現実が見えてきます。値引きは売上を増やすことはあっても、信頼を増やすことは少ないという事実です。むしろ、やり方を誤れば、信頼を少しずつ削ってしまうことさえあります。

 

「本当の値段」がわからなくなる

 

値引きを繰り返すと、お客様の心の中に「どうせまた安くなるのではないか」「今買わなくてもいいのではないか」という基準が生まれます。すると通常価格では動かなくなります。値引きは購買を促すどころか、買うタイミングを先送りする理由にもなってしまうのです。

 

これはお客様が悪いわけではありません。人は合理的に行動します。安くなる可能性があるなら待つのは自然な判断です。

 

しかし、店の側にとっては難しい問題です。値引きを始めると、やめにくい。やめた瞬間に売上が落ちるからです。

 

気づけば、店は値段でしか選ばれない存在になってしまう。そして商売の軸は、商品や価値ではなく、価格競争へと移っていきます。それは商いを長く続けるうえで、決して望ましい姿とは言えません。

 

 

値引きをしない経営

 

この点で興味深いのが、シャツ専門店の「メーカーズシャツ鎌倉」です。1993年、鎌倉の小さな店舗から始まったこの店は、いま全国に店舗を展開するブランドへと成長しました。

 

創業以来、変わらない方針があります。セールをしない、アウトレット販売をしないという方針です。なぜなら、最初から適正価格で販売しているからです。

 

多くのアパレル企業は、後のセールを前提に価格を設定します。しかしメーカーズシャツ鎌倉は、そうした考え方を採りません。高い原価率で商品をつくり、最初から「納得できる価格」で販売するのが同社の鉄則。つまり、いつ来ても同じ価格で安心して買える店を目指しているのです。

 

ここには大切な思想があります。もし昨日買ったシャツが、今日半額になっていたらどうでしょう。お客様は「昨日買わなければよかった」と思うはずです。その瞬間、売上以上に大きなものが失われます。それは店への信頼です。

 

だから同社はセールをしません。「今日のお客様も、明日のお客様も同じように大切にする」という考え方を貫いているのです。

 

信頼は価格より強い

 

メーカーズシャツ鎌倉のシャツは、決して安売りではありません。しかし「高すぎる」という印象もありません。なぜでしょうか。それは、お客様が価格ではなく、価値を理解しているからです。

 

素材の品質。丁寧な縫製。長く着られる設計。そして何より、正直な価格で売っている店だという安心感。その結果、お客様は「この店の値段は最初から誠実だ」と考えます。

 

値段が安いから買うのではありません。信頼できる価格だから選ばれるのです。この違いは、商いにおいて非常に大きいものです。価格で選ばれる店は、より安い店が現れればお客様を失います。しかし信頼で選ばれる店は、簡単には揺らぎません。

 

 

売上より関係を育てる

 

値引きは、一度きりの売上をつくることができます。しかし信頼は、何度も店に足を運んでもらう関係をつくります。商いを長く続けている店には共通点があります。常連のお客様が多いことです。

 

そして常連客は値段だけで店を選びません。その店の人を信じている。その店の姿勢を知っている。だから通うのです。

 

商品があふれ、情報があふれる今日、何を選べばいいのかわからない時代でもあります。だからこそ人は、信頼できる店を求めます。

 

値引きは売上をつくります。しかし信頼をつくるとは限りません。一方で、信頼は時間がかかります。けれど一度生まれれば、長く続きます。

 

今日の売上を取りに行くのか。それとも10年続く関係を育てるのか。その選択は日々の小さな判断の中にあります。安くするのか、価値を伝えるのか。値段を下げるのか、信頼を積み上げるのか。

 

商いは短距離走ではありません。長い道を歩く仕事です。だからこそ問われます。その一手は売上を作るのか、それとも信頼を育てるのか。この問いを忘れない店だけが、時代が変わっても選ばれ続けることはこれまでの歴史が証明しています。

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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