AIは、もはや特別な技術ではなくなりました。検索も、分析も、文章も、企画も、提案も、かつて人間が時間をかけて担ってきた仕事の多くを、AIは一瞬でこなします。
こうした便利さと引き換えに、私たちは一つの不安も抱えています。「この先、人は何で価値を出せばいいのか」「商いの仕事は、どこに意味が残るのか」という問いです。
消えるのは人に向き合わない商人
現場を歩き続けて感じるのは、AI時代に消えていくのは“商い”そのものではなく、“人に向き合わない商人”だということです。むしろ逆で、AIがあるからこそ、人に向き合う商人の価値は、以前よりも鮮明に浮かび上がってきています。
かつて商人の価値は「知っていること」にありました。商品知識、相場、選び方、専門性。情報を持つこと自体が価値だった時代です。
しかし今、情報は誰でも手に入ります。価格も比較もレビューも一瞬で確認でき、AIを使えば説明文すら自動で生成される時代です。「詳しい店」「説明できる店」だけでは、もはや選ばれません。
では、これからの商いに残る価値は何でしょうか。それは、情報を渡すことではなく、認識を変えることです。何を選ぶか、何をやめるか、何を大切にするか。商品を通して「この人の考え方が好きだ」「この人の判断軸に共感する」と思われる存在になれるかどうかにあります。
AIは答えを出せますが、問いを生み出すことはできません。商いの価値は、「正解を教えること」から「問いを変えること」へと静かに移っています。
価値は「情報」から「関係」へ
AIを使った販促物や説明文があふれる中で、なぜか心に残らない店があります。整っているのに、きれいなのに、印象に残りません。
その理由は明確です。“考えた痕跡”が見えないからです。人は無意識に感じ取ります。その言葉は、この店の人が考えたものか、それともどこかから持ってきたものか。
同じ情報でも、目の前の客に合わせて言葉を変え、会話の中で説明し、迷いながら一緒に選ぶ。そのプロセスがあるだけで、商いの価値はまったく違うものになります。商いとは効率の競争ではなく、「誰のために考えたか」が伝わる営みです。
人は商品だけを買っているわけではありません。不安、迷い、自信のなさ、失敗への恐れ。そうした感情を抱えながら、店に来ています。AIは、情報は出せても、不安を受け止めることはできません。迷いに寄り添うこともできません。
だからこそ、「それ、迷いますよね」「それ、不安になりますよね」と言える存在でありましょう。その一言があるかどうかで、商いの質は変わります。商いの本質は、商品ではなく、安心なのです。
AI時代の商いは“人間回帰”へ
お客様に愛され続ける商人ほど、マニュアルどおりには動きません。目の前の人を見て、空気を読み、言葉を変え、提案を変えます。失敗を恐れず、その場で考え、その場で出す。この“ライブ感”こそが、AIにも、ECにも、動画にも代替できない価値です。
AIは敵ではありません。ただし主役でもありません。AIは高度な道具です。自発性もなく、否定もできず、対案も出せない。だからこそ重要なのは「誰が使うか」です。
経験のない人がAIを使えば、間違いに気づけません。経験のある人がAIを使えば、精度と速度は飛躍的に高まります。AIは商人の価値を奪うのではなく、拡張する装置です。ただし、それは「商人としての軸」を持っている人に限られます。
便利になるほど、効率化されるほど、人は「人」を求めるようになります。会いたい人、話したい人、任せたい人、応援したい人。「この人から買いたい」という感情は、どれだけ技術が進んでも消えません。AI時代の商いとは、デジタル化の先にある“人間回帰”なのです。
AI時代に生き残る商人とは、AIを使いこなす人ではありません。人に向き合い続ける人です。その人の不安に向き合い、その人の迷いに向き合い、その人の人生に向き合う。商いとは、商品を売る仕事ではなく、人と生き方を共有する仕事なのです。
技術は進化します。仕組みは変わります。市場は変わります。しかし、「この人から買いたい」「この店があってよかった」という感情だけは、変わりません。AI時代に残るのは“AIを使う商人”ではなく、“人に向き合う商人”です。





