笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

谷の日の過ごし方

売場に立っているのに、心ここにあらず。レジ稼働の回数は少なく、店内の時計の音だけが妙に響く。いつもの常連さんも今日は来ない。通りの人の足音がやけに遠く感じる。こちらは笑顔をつくっているつもりでも、声の張りが出ない。帰り支度をしながら、ため息が一つ増える――。

 

商いをしていれば、誰にでもあります。理由がはっきりしている日もあれば、理由がわからない日もある。売上、天気、競合、景気、スタッフのこと、家族のこと。いくつもの要素が重なって心が沈む。そんなとき人は考えます。

 

「自分には向いていないのかもしれない」
「このまま続けて意味があるのか」
「もっとうまい人は、あっさりやれているのではないか」

 

けれど、ここで一つだけ確かなことがあります。落ち込む日は、商いが終わる日ではありません。むしろ、落ち込む日があるからこそ商いは続けられるのです。むしろ、谷の日の過ごし方が未来を決めるのです。

 

谷の日にしてはいけないこと

 

落ち込むのは、真剣に向き合っているからです。売上の数字を気にするのも、お客さまの表情を気にするのも、スタッフの空気を気にするのも、全部「良くしたい」という願いがあるからにほかなりません。

 

もし商いに対して何も感じなくなったら、どうなるでしょう。「今日はこんなもの」と投げやりになり、改善も工夫も止まります。店の空気が鈍り、やがてお客さまも離れていくでしょう。怖いのは、落ち込むことではありません。感じなくなることです。

 

落ち込む日は、あなたの感度がまだ生きている証拠です。だからまず、自分を責めるより先に、こう言ってあげてください。「まだ、良くしたいと思っている」と。

 

心が沈んでいる日は、視野が狭くなります。見えるのは失敗、足りない点、うまくいかなかった出来事ばかり。その状態で下した決断は、たいてい極端になります。

 

「もう値下げするしかない」
「仕入れを変えるしかない」
「スタッフを入れ替えるしかない」
「店をたたむしかない」

 

谷の日は、未来を黒く塗ってしまう日です。だからこそ、ルールを一つ決めましょう。谷の日には、大きな決断をしない、と。やるのは、決断ではなく“整備”です。未来を変えるのではなく、明日を迎えられる状態に戻す。商人の底力はここに出ます。

 

谷の日に効く三つの整え

 

落ち込む日を、立て直しの日に変えましょう。そのために最も効果が高いのは次の三つです。気合いではなく手順です。

 

(1)体を整える――まず呼吸を取り戻す
心は体に引っ張られます。眠りが浅い、食事が乱れる、肩がこる。これだけで、判断は鈍ります。谷の日は「正論」より「回復」を優先しましょう。
深呼吸を一つ。あたたかい飲み物を一杯。昼休みが取れないなら、せめて五分だけ外の空気を吸う。それだけで、脳の負担が少し軽くなります。商いは持久戦です。体が整えば、心はついてきます。

 

(2)売場を整える――入口だけ、一つだけ
谷の日に店全体を変えようとすると、余計に疲れます。やるなら「入口だけ」「一つだけ」です。入口の床を拭く。ガラスを磨く。看板を正面に戻す。棚を一段だけ整える。主力商品の見せ方を少しだけ直しましょう。
目に見える場所が整うと、「自分はまだ手を打てる」という感覚が戻ってきます。商いの自信は、派手な成功から生まれるのではありません。小さな整えが積み上がることで育つのです。

 

(3)言葉を整える――「今日の良かった」を一つ拾う
谷の日は、できなかったことが頭を支配します。だから意識して、良かったことを一つ拾いましょう。
「一人でも来てくれた」
「ありがとうと言われた」
「クレームがあったが、最後は落ち着いて話せた」
「スタッフが声をかけてくれた」
どんなに小さくてもいい。一つ拾えると、心の中に“地面”ができます。地面ができると、次の一手が考えられます。谷の日に必要なのは、元気を出すことではなく、足場をつくることです。

 

谷の日の「1・1・1」

 

不思議なものですが、落ち込む日は店の本質が見えます。うまくいっている日は、勢いで進めます。谷の日は勢いが止まる分、「何を大事にしたいか」が輪郭を持ち始めます。だから、谷の日に一つだけ問いを立ててください。「自分の店は、誰のどんな困りごとを減らしているのか」と。

 

売上が落ちているときほど、この問いが効きます。なぜなら、数字の向こうにある“役立ち”が見えるからです。役立ちは、続ける理由になります。続ける理由は、やがてやり方を連れてきます。谷の日に軸が磨かれる店は強くなります。次の波が来たときぶれないからです。

 

最後に、明日から使える形にまとめます。落ち込む日が来たら、次の「1・1・1」だけやってください。

 

一つ、体を整える。深呼吸とあたたかい飲み物。
一つ、売場を整える。入口か棚一段だけ。
一つ、言葉を整える。「今日の良かった」を一つ書く。

 

それだけで十分です。谷の日を“ゼロの日”にしないこと。ゼロにしなければ、商いは続きます。続けば、必ず上りが来ます。

 

落ち込む日は、あなたが真剣に商いをしている証です。そして、谷の日の過ごし方が、未来を決めます。大きな決断ではなく、小さな整えでいい。あなたの店は、あなたの整えでまた強くなります。

この記事をシェアする
いいね
ツイート
メール
Picture of 笹井清範

笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


新刊案内

購入はこちらから

好評既刊

売れる人がやっているたった4つの繁盛の法則 「ありがとう」があふれる20の店の実践

購入はこちらから

Social Media

人気の記事

都道府県

カテゴリー