暦の上では春。けれど、店の前を吹き抜ける風は冷たく、来店数も売上もまだ冬の名残を色濃く残している。そんな朝を迎えている商人も多いでしょう。
それでも、立春はやってきます。立春とは「もう春だ」という宣言ではありません。「ここから春へ向かう」という約束です。商いにおいて、この違いはとても大きい。数字が動いてから気持ちを変えるのか、気持ちを変えたから数字が動き出すのか。立春はその分かれ目に立つ日です。
長年、現場を見てきて確信することがあります。商いは、景気より先に姿勢が変わってこそ動き出すものです。立春は、その姿勢をそっと立て直すためのやさしい合図なのです。
小さな春を差し込む
数年前、地方都市の商店街で、一軒の衣料品店を訪ねました。創業50年を超える家族経営の店。客足は減り、売上も右肩下がり。「もう春物を入れても動かないんですよ」と、店主は少し力なく笑っていました。
立春の日、その店主がしたことは大きな仕入れでも、派手な改装でもありません。入口に置いてあった冬物ワゴンを少し奥へ下げ、代わりに明るい色のストールを一枚、トルソーに掛けただけでした。値札の横には「まだ寒いけれど、気持ちは春へ」という短い言葉を添えました。
それだけです。ところが、その日から店の空気が変わりました。「この言葉、いいですね」と声をかけるお客さまが現れ、ストールを手に取る人が増えた。売上は劇的ではありません。けれど、店主の表情が明らかに変わったのです。
「売れるかどうかじゃないんですね。春に向かっている感じを、先に出すことなんですね」と言って店主は次の週、冬物の横に春色のインナーを一型だけ加えました。さらにその次の週には、POPの言葉を一行書き換えました。春はそうして少しずつ、しかし確実に、その店に根を下ろしていきました。
立春は「整える日」
立春に、無理に結果を出そうとしなくていい。むしろ、この時期に大切なのは商いの呼吸を整えることです。売場は、いまのお客さまの歩幅に合っているか。言葉は、売り手の都合になっていないか。忙しさや不安を理由に、後回しにしてきたことは何か。そうしたことに目を向け、整えていきましょう。
立春とは、芽吹きの準備の日です。芽は、整えられた土からしか生まれません。土を耕す作業は地味で、目に見える成果もすぐには出ない。けれど、この一手を惜しまなかった店だけが春を迎えられます。何も大きなことをしなくていい。入口を磨く。あいさつの声を少しだけ明るくする。売場に「これから」を感じさせる一品を置く。今日できることは、必ずあります。
商いは、気合や根性だけで続くものではありません。けれど、小さな希望を自分の手でつくり続ける力があれば、必ず前に進めます。立春は、その力を思い出させてくれる日です。
春は、暦が連れてきます。商いの春は、商人の決意が連れてきます。今日、どんな小さな一手を打つか。それが数カ月後の景色を静かに変えていきます。立春。ここからまた、商いを育てていきましょう。





