笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

◆今日のお悩み
物価は上がり、人手不足は慢性化し、賃上げは「避けて通れない前提」になりました。しかし中小企業にとって、原資には限りがあります。価格転嫁は簡単ではなく、先行きも見通せません。賃上げは本当に続けられるのでしょうか。これは耐え忍ぶべきコストなのでしょうか。それとも、経営として引き受けるべき意思なのでしょうか。日々、悩みながら判断を重ねている経営者の方も多いのではないでしょうか。

 

春闘が突きつける中小企業への現実

 

春闘のニュースを見ると、「賃上げ率は高水準」という言葉が並びます。しかしその数字を、手放しで受け止められる中小企業は多くありません。大企業と同じ土俵で語られる賃上げの話題と、自社の資金繰り、価格決定力、人材確保の現実との間にはどうしても距離があります。

 

それでも、賃上げを避けて通ることは難しくなりました。人が集まらない。採用しても定着しない。「賃上げをしない」という選択肢そのものが、事業継続のリスクになりつつあります。

 

ここで問われるのが、「自社の時間軸」です。目の前の1年を何とか乗り切ることを最優先するのか。それとも、5年後、10年後も人が残る会社であるために、いま何を引き受けるのかを考えるのか。この経営判断の基準となる時間の長さが、賃上げを「苦渋のコスト」にするか、「経営の意思」にするかを分けていきます。

 

 

「いい会社をつくりましょう」という覚悟

 

こうした問いに、長年向き合ってきた企業があります。寒天メーカーの伊那食品工業です。同社の社是は「いい会社をつくりましょう ~たくましく そして やさしく~」というものです。

 

ここでいう「いい会社」とは、売上規模や派手な成長を意味しません。社員や家族、取引先、地域の人たちが、日常の会話の中で「いい会社だね」と口にする存在であることを指しています。

 

この理念を、経営の実践に落とし込んだものが「年輪経営」です。木が一年に一層ずつ年輪を重ねるように、急がず、無理をせず、少しずつ基礎体力を積み上げていく。売上拡大よりも、社員の安心、現場の成熟、信頼の蓄積を優先する考え方です。

 

伊那食品工業では、賃金を成果配分とは考えていません。不況期であっても安易な賃下げをせず、賃金を経営の調整弁にしませんでした。それは理想論ではありません。社員が安心して働き続けられなければ、良い仕事は続かないという、現場感覚に根差した判断です。

 

評価軸も明確です。短期の利益よりも、社員が定着しているか。現場に改善と学びが積み重なっているか。無理な拡大で組織が疲弊していないか。賃金は、こうした積み重ねの結果として位置づけられています。「頑張ったから上げる」のではなく、「頑張り続けられる状態を守る」。この順序が、年輪の厚みとなって会社を支えてきました。

 

 

「賃上げを引き受ける」とは何か

 

伊那食品工業の事例を前にすると、「うちはそこまで余裕がない」と感じる経営者も多いでしょう。しかし、問うべきは「同じことができるか」ではありません。賃上げをどう位置づけているかです。

 

景気が良い年だけの成果配分なのか。世間の空気への対応なのか。それとも、会社を続けていくための意思なのか。あなたはどう位置つけているでしょうか。

 

賃上げが難しい理由は、資金不足だけではありません。賃上げを前提に、価格の決め方、仕事のやり方、成長のペースを見直す決断を後回しにしてきた結果でもあります。

 

賃上げは、確かに重い判断です。中小企業ほど、その一歩は慎重になります。しかし同時にそれは、どんな会社であり続けたいのかを示す、経営者からの静かなメッセージでもあります。

 

#お悩みへのアドバイス

あるべき賃上げとは
今の余力の結果ではなく
どんな未来を
選ぶかで決めるものだ

 

※このブログは、東海道・山陽新幹線のグリーン車でおなじみのビジネスオピニオン月刊誌「Wedge」のオンラインメディア「Wedge ONLINE」の連載コラム「商いのレッスン」を加筆変更してお届けしています。これまでのコラムもお読みいただけます。

 

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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