人手不足が常態化するなかで、「人が辞めない店」があります。給与水準が特別高いわけでも、最新の福利厚生が整っているわけでもない。それでも人が残り、育ち、店の空気をつくっていく。
こうした店を取材していると、ある共通点が浮かび上がってきます。それは、「何を教えているか」ではなく、「何を教えていないか」にこそ、秘密があるということです。
最初から“正解”を教えない
人が辞めない店ほど、新人に対して即答をしません。「こうやればいい」「それは間違いだ」と、正解をすぐに与えないのです。
ある専門店では、新人が陳列を終えたあと、店主は一言だけ尋ねます。「これ、どんなお客さんを思い浮かべて並べた?」。
評価も修正も、その後です。まずは考えさせる。自分の頭で理由をつくる。そうした時間を省かない店は人が辞めません。
正解を先に教えると、仕事は早くおぼえます。しかし同時に、「考えない癖」も身についてしまうのです。人が辞めない店は、効率よりも、主体性が育つ余白を大切にしています。
マニュアルで“心”を教えない
人が定着する店には、マニュアルがありません。正確には、マニュアルはありますが、それで人を縛りません。
接客の言葉遣い、立ち位置、動線。そうした基本は共有されていても、「気持ち」まで文章に落とし込もうとはしません。なぜなら、心は教えられるものではなく、感じとるものだからです。
忙しい時間帯に、店主がどんな表情で立っているか。トラブルが起きたとき、誰の責任にするか。売れなかった日に、どんな言葉をかけるか。
人は、マニュアルではなく、日々の振る舞いから学びます。人が辞めない店は、「こうしなさい」ではなく、「こうありたい」を背中で示しているのです。
すぐに“戦力”にしようとしない
人が辞める職場ほど、「早く一人前に」「早く回してほしい」と焦ります。しかし、人が残る店は、急ぎません。
失敗をさせないように先回りするのではなく、失敗しても戻れる場所を用意しています。「それは失敗じゃない。次にどうするかだ」といった言葉が自然に交わされる現場では、人は萎縮しません。
人は、役に立てないと感じたときではなく、居場所がないと感じたときに辞めます。人が辞めない店は、「戦力になるか」より先に、「ここにいていい」と伝え続けているのです。
“働く意味”を言葉で固定しない
人が辞めない店ほど、「この仕事の意味」を一つに決めません。理念や方針はあります。しかし、それを一方的に押しつけたりはしません。
「この店で働いて、何を得たい?」
「どんな時間を過ごしたい?」
そう問いかけ、それぞれの答えを尊重します。誰かにとっては生活の糧であり、誰かにとっては修業の場であり、誰かにとっては人生の通過点かもしれません。
働く意味を一つに固定すると、合わない人が必ず生まれます。人が辞めない店は、意味を“育てる余地”を残しているのです。
教えないことで、伝わるものがある
人が辞めない店は、決して放任ではありません。むしろ、とても手間をかけています。
すぐに教えない。
すぐに評価しない。
すぐに結論を出さない。
その代わり、見続け、待ち、信じる。教えないことでしか育たないものがあると、知っているからです。
人は、知識で縛られると離れ、信頼で結ばれると残ります。人が辞めない店とは、技術より先に、人として扱われていると感じられる場所なのかもしれません。
人を育てるとは、教え込むことではありません。共に時間を重ね、商いの空気を分かち合うこと。その積み重ねが、静かに、しかし確かに、人を残していくのです。






