笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

「この前、友だちを連れてきたんですよ。ここ、いい店だよって」

 

朝の開店準備をしていると、ふと常連のお客様がこんなふうに声をかけてくれることがあります。この一言に、どれほどの力が宿っているか。今日はその力の正体――アンバサダーについて、もう一段深く考えてみたいと思います。

 

量をとるか、質をとるか

 

インフルエンサー(影響を与える人)とアンバサダー(大使)。どちらも「人が人に伝える」存在ですが、役割は本質的に異なります。

 

インフルエンサーは、影響力の“量”を持つ人です。フォロワー数、拡散力、瞬発力。短期間で多くの人に情報を届けることに長けています。そうした“紹介”は、新商品やキャンペーンの認知拡大には、確かに有効です。

 

一方、アンバサダーは影響力の“質”を持つ人です。その店、その商品、その人のことを「なぜ好きなのか」を、自分の言葉で語れる。それは“証言”と言っていいでしょう。体験に裏打ちされた言葉は、派手さはなくとも“共感”を育み、聞き手の行動を静かに変えていきます。

 

紹介と証言。
拡散と共感。

 

この違いを理解することが、成熟市場を生き抜くための重要な視点です。

 

人口が減り、情報があふれ、広告が効きにくくなった今、人は「何を」よりも「誰から」買うかを重視するようになっています。そのとき最も信頼されるのは、企業の公式コメントでも、有名人の投稿でもありません。身近な誰かの、実感のこもった言葉です。

 

アンバサダーは、繰り返し利用し、長く関係を続け、良い点も課題も理解したうえで、それでも「勧めたい」と語ってくれる存在です。売上を支えるだけでなく、ブランドの人格や温度感を、外の世界へ連れて行ってくれる存在。それがアンバサダーです。

 

 

地方の小さな店が選ばれ続ける理由

 

ある地方都市に、決して立地が良いとは言えない小さな専門店があります。SNSのフォロワーは多くありません。広告もほとんど出していません。それでも、週末になると県外ナンバーの車が並びます。

 

理由は明快でした。長年通う常連客が、自分のブログやSNS、そして日常会話の中で、「なぜこの店に通い続けているのか」を語り続けていたのです。商品の品質はもちろんですが、店主の考え方、仕入れへの姿勢、失敗したときの正直な説明。そうした“人となり”を含めて紹介していました。

 

店側がお願いしたわけではありません。割引も、特典もありません。それでもその常連客は、「ここがなくなったら困る」と語り、結果として新しいお客様を連れてきてくれました。この店にとって、その常連客はまぎれもなくアンバサダーでした。

 

つくるものではなく、育つもの

 

この事例が教えてくれるのは、アンバサダーは制度や肩書きで生まれるものではない、ということです。大切なのは、「売る」よりも「覚える」こと、「説明」よりも「背景」を伝えること、「満足」よりも「参加」を促すことです。

 

意見を聞く。変化を共有する。失敗も隠さず語る。その積み重ねが、「この店の一部でいたい」という感情を育てます。人は、関わったものを応援したくなる。これは、商いにおける不変の真理です。

 

あなたの店にアンバサダーが生まれたとき、最も避けたいのは「管理しようとする姿勢」です。台本を渡さない。言葉を縛らない。都合のいい発信だけを求めない。むしろ大切なのは、語ってくれた声に耳を傾け、感謝を伝え、行動で応えることです。その往復が、信頼をさらに深め、語りは次の語りを生みます。アンバサダーは“使う存在”ではなく、共に商いを育てる仲間です。

 

インフルエンサーは「呼ぶ」ものであり、アンバサダーは「育つ」ものです。前者は一時の波をつくります。後者は長く続く流れをつくります。

 

今日、あなたの店のことを、あなたの知らない場所で語ってくれている人はいるでしょうか。その人が語りたくなる理由を、あなたは日々の商いの中で育てているでしょうか。

 

アンバサダーが増えるということは、商いの物語が、あなたの手を離れて歩き出すということ。それは、商いが「信頼」という次元に到達した証なのです。

 

 

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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