笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

時間依存の経営の終焉

◆今日のお悩み
人手が足りず、残業時間も制限され、これまでの“長く働けばなんとかなる”やり方が通用しなくなっています。作業は遅れ、品質は不安定になり、スタッフも疲れています。この状況で、どうすれば事業を維持し、成果を守り続けられるのでしょうか。

 

午前4時30分──

迷いなく短時間で進む現場

 

午前4時30分。開店前の薄明かりの店内で、数名のスタッフが淡々と作業を進めています。品出しや棚替え、清掃、レジ点検や機器のメンテナンス──どれもが迷いなく、短時間で売場が立ち上がっていきます。

 

初めて見る方は「優秀なスタッフがそろっている」と感じるかもしれません。しかし、ここはごく普通のセブン‐イレブンの一店舗にすぎません。

 

かつてコンビニは「深夜に人を多く入れて作業する」働き方が当たり前でした。ですが、人口減少と人手不足、そして働き方改革関連法による時間外労働の上限規制が重なり、長時間労働頼みの運営は制度的にも現実的にも維持できなくなってきました。

 

いま国会では、働く時間のあり方そのものを揺るがす議論が進んでいます。2019年導入の「月45時間・年360時間」の枠組み見直しに加え、政府は中小企業の人手不足を背景に“働きたい改革”として規制緩和を検討しています。一方で野党は過労死を懸念し、慎重な姿勢を崩していません。

 

こうした議論の只中で、2026年通常国会では、「勤務間インターバル制度(原則11時間)の義務化」「勤務時間外の連絡を断つ『つながらない権利』のルール整備」「一人親方・フリーランスの“労働者性”の見直し」など、働く時間の線引きを大きく変える可能性のある項目が俎上に載る見通しです。

 

つまり、「どう働くか」だけでなく、「どこまで働かせてよいか」までが変わり得る時代に入っているのです。企業は制度改正を待つだけでなく、時間に依存しない構造づくりを急ぐ必要があります。

 

学ぶべきは

「構造が成果を生む」という視点

 

セブン‐イレブンのバックヤードは、再現性を極限まで高めるために緻密に組み立てられています。作業は細かく分解され、誰が行っても同じ成果に近づくよう設計されています。これは単なるマニュアル化ではなく、迷いを排除した仕事のデザインであり、短時間で精度を生むための“構造”なのです。

 

2023年に全店へ導入されたAI発注は、その象徴です。膨大なデータをもとに最適な発注を弾き出し、店長の経験に依存していた最も属人的な業務を置き換えました。欠品や廃棄を抑え、判断のストレスを軽減しています。

 

セルフレジもまた、人手不足という構造課題に“設備による解決”というアプローチを持ち込み、スタッフを接客・売場づくりといった「価値領域」に振り向ける転換点となりました。

 

効率化の本質は、作業を減らすことではありません。人が価値創造に向き合う時間を生み出すことにこそあるのです。そしてセブン‐イレブンは、それを最も愚直に実践しています。

 

こうした改革はコンビニ固有の話ではありません。あらゆる企業に通じる普遍的な原則を示しています。最大の教訓は、「成果を決めるのは、人の頑張りではなく構造の強度である」という点です。

 

属人化は企業の成長を静かに止めます。優秀な個人がいなければ回らない組織は、その人が休めば業務が止まり、辞めれば価値が消えてしまいます。だからこそセブンは判断・作業・手順を徹底的に構造化し、「誰が担当しても成果が再現する仕組み」をつくりあげました。

 

国会で働く時間の境界線を引き直す議論が続く今、企業は否応なく“時間に依存する経営”からの脱却を迫られています。制度がどう動こうとも、構造で成果を生む企業こそが揺らがないのです。

 

生まれた時間で

“価値”を増やす

 

残業を減らすために作業量を削るだけでは、企業は確実に弱ります。重要なのは、その逆です。「削減した時間で何を生み出すのか」こそが競争力を決定づける分岐点になります。

 

セブンは効率化で生まれた時間を“未来の価値”へ再投資してきました。では、その価値とは何でしょうか。

 

1.顧客の変化をつかむ時間
来店客の会話、動線、迷いのポイントを観察することは、値付け・棚割りの改善に直結します。

 

2.地域のニーズを読み解く時間
高齢化の進む地域では「買い物弱者」への対応、住宅街では簡便商品の需要増など、地域の文脈が見えやすくなります。

 

3.売場を磨き込む時間
数分の手直しでも効果は大きく、“ここにあるべき理由”をつくり込むことで買上率が高まります。

 

4.商品を育てる時間
POP、試食、SNS発信など、小さな工夫の積み重ねが商品の価値を引き上げます。

 

5.スタッフ同士で対話する時間
気づきの共有や改善アイデアの創出など、対話の質と量が最終的に売上と信頼を支えます。

 

国会では「つながらない権利」のルール整備が議論され、勤務時間外の連絡が制限される可能性もあります。すなわち、勤務時間外はますます“働けない時間”になるということです。だからこそ企業は、勤務時間の中で“価値を生む仕事”をいかに増やすかが重要になります。

 

時間ではなく

仕組みと創意で勝つ時代へ

 

国会の議論は、労働時間規制を強めるのか、緩めるのかで揺れています。しかし制度がどう動こうとも、変わらない真実があります。時間に依存する経営は揺らぎ、仕組みに依存する経営は揺らがないということです。

 

セブン‐イレブンの改革は、構造を整えることで疲弊が減り、創意が高まり、短時間でも成果を生み出せることを示しています。ムダを減らし、判断を標準化し、価値創造に時間を振り向ける──これはどの制度下でも通用する“普遍の経営原則”です。

 

もし自社に改善の余地があるなら、それは弱点ではなく伸びしろです。未来は特別な企業だけのものではありません。仕組みづくりと現場の創意の積み重ねの中に芽吹くのです。

 

時間に縛られず、仕組みで勝ち、創意で魅力を育てる企業へ。その道を選ぶことこそ、激動の労働環境をしなやかに乗り越える、もっとも確かな一歩になるはずです。

 

#お悩みへのアドバイス

圧倒的成果は
時間ではなく
仕組みが生み
創意が育てる

 

※このブログは、東海道・山陽新幹線のグリーン車でおなじみのビジネスオピニオン月刊誌「Wedge」のオンラインメディア「Wedge ONLINE」の連載コラム「商いのレッスン」を加筆変更してお届けしています。これまでのコラムもお読みいただけます。

 

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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