「汝自身を知れ」――古代ギリシャ・デルフォイ神殿に刻まれたこの言葉ほど、いまの経営に響くメッセージはありません。人口減少、物価高、人手不足など変化の激しい時代に、何より問われているのは“外”の情報よりも、“内”をどう見つめるかです。
「己を知るを明と言い、人を知るを知と言う」と老子は言いました。他人や環境を知ることは知識であり、しかし自分自身を深く理解することこそ“聡明さ”の源だといいます。
イギリスの詩人、チョーサーも「己を知りうる者は賢者なり」と残しています。つまり、未来を切り拓くカギはいつの時代も同じです。自分を知ることなのです。
SWOT分析は、そのための最も強力なツールです1960年代にスタンフォード研究所アルバート・ハンフリーが提唱、企業の長期計画を改善するため、フォーチュン500企業のデータをもとに開発された手法で、その後、世界中に広く普及しました。
内部要因である強み(Strengths)と弱み(Weaknesses)、外部要因である機会(Opportunities)と脅威(Threats)を整理し、現状を立体的に理解します。強みを最大化し、弱みを補い、機会をつかみ、脅威を避ける道筋が見えるため、企業の成長戦略にも、個人の生き方の指針にもなる“自己理解の地図”です。

成長は「強み」からしか生まれない
多くの経営者がまず外部環境を気にします。競合、価格、景気動向、政策……。もちろん重要ですが、そこから“生き残りの答え”が見つかることは稀です。なぜなら、脅威は避けられませんが、強みは選べるからです。
SWOTで最も重要なのは「Strength(強み)」の発見。強みとは、他社より少し優れている点ではありません。あなたの会社だからこそできる価値、あなた自身だからこそ続けてこられた習慣、そこに“唯一性”が宿ります。
宮城県のあるパン店では、店主が長年続けてきた「常連客の好みを覚える」という習慣こそが強みでした。大手がAIやアプリでパーソナライズを進めるより前に、この店には“顔で覚えるCRM(顧客関係管/Customer Relationship Management)”が根づいていたのです。この強みを意識した瞬間、店主は価格競争から脱し、「あなたのために焼くパン」という価値訴求に転換。売上は右肩上がりになりました。
強みの自覚こそ、生き残り戦略の出発点。これは企業だけでなく、個人にもそのまま当てはまります。
弱みは“恥”ではなく成長のヒント
SWOTの「Weakness(弱み)」を書き出すと、多くの人が筆が止まります。弱み=欠点、マイナス、改善点……苦しい作業だからです。
しかし老子はこうも言っています。「己を知ることが聡明さである」。弱みを正しく見つけた瞬間、それは“改善すべき課題”から“成長の素材”に変わります。
弱みは外から見れば“差別化の芽”でもあります。小さな飲食店が「回転率が悪い」という弱みを逆手に取り、“長居できる店”としてコミュニティ化に成功した例もあります。弱みを否定するのではなく、弱みの裏側に隠れた価値を見つけることが重要です。
機会は “つくるもの”
外部環境の「Opportunity(機会)」は、新聞やニュースでは手に入りません。誰かに教えてもらえるものでもありません。強み × 弱みの掛け合わせから、初めて“機会”が見えるのです。
・強みが活きる市場はどこか
・弱みを補う協業や連携はできないか
・お客様の未充足ニーズに応えられないか
茨城県の時計修理店では、強みの「細かい作業が得意」を生かし、弱みの「店舗が小さく在庫が持てない」を補うため、オンライン受付と郵送修理にチャレンジ。それにより全国から依頼が集まり、地域一番店から“日本の一番店”へと成長しました。機会は与えられるものではなく、自分の理解から生まれるものなのです。
脅威は“恐れる”のではなく“限定する”
「Threat(脅威)」は書こうと思えばいくらでも書けます。人口減少、価格競争、人手不足、ECの台頭……。しかし、脅威が無限に見える時こそ、“自分の影響できる範囲”を狭めることが大切です。
すべての脅威と戦う必要はありません。強みが活きる領域だけに集中すれば、脅威は“戦わなくてよい外野”になります。生存戦略とは、“全部に勝つ”ことではなく、“勝てる場所に集中する”ことです。
最初の一歩はこれだけでよい
SWOT分析は難しく見えますが、始めるのは驚くほどシンプルです。勢いをつけるための最初の三歩をお伝えします。
第一歩:強みを10個書き出す
「他人に褒められたこと」「続けてきた習慣」「自然とできること」――これらを書くだけで、あなたのビジネスと人生の“軸”が見えてきます。
第二歩:弱みを5つ書き出す
必ず事実に基づいて書き、“感情語”ではなく“行動語”で記すのがコツです。
第三歩:強み × 機会 の掛け合わせを一つだけ選ぶ
ここに“生き残り戦略の核”が生まれます。
SWOTは未来の自分を磨く道具である
時代がどれほど変わっても、デルフォイ神殿の言葉は揺るぎません。「汝自身を知れ」――この格言は、あなたの会社を守る最強の戦略であると同時に、あなた自身の人生を整える道標でもあります。
SWOTは経営技法でありながら、結局は“自己理解のフレーム”です。強みを見つめ、弱みを受け入れ、機会をつくり、脅威を限定する。その営みは、会社の未来を描く作業であり、同時に“自分という人間を育てる”作業でもあるのです。
あなたの中には、すでに戦う力が備わっています。SWOTは、それに気づくための鏡です。どうか今日、静かに紙を一枚取り、“自分を知る作業”を始めてください。そこから、あなたの商いの未来は確実に変わります。






