「悪かった」と言えば済むのに、どうしても言えない。そんな“謝れないおじさん”が、現場に一人はいるものです。店主、上司、ベテラン社員──年齢を重ね、経験を積んでいるのに、肝心な場面で「ごめん」が出てこない。
本人は「自分は悪くない」と思っているわけではありません。多くの場合、「謝ったら負ける」「立場がなくなる」「恥ずかしい」といった“怖さ”が先に立つのです。
心理学では、これを「自我防衛」と呼びます。人は、自分の価値や立場を守るために、無意識に謝罪を回避する。特に“おじさん世代”は、「上の立場=間違ってはならない」という時代を生きてきました。だから、謝ることを「非を認める」よりも「自分を失うこと」と感じてしまうのです。
しかし、商いの現場では「謝れない」は“信頼を失う”と同義です。店主が謝らない店は、やがて客が謝らなくなる。顧客クレーム、社内トラブル、仕入先との関係──どんな場面でも、謝れない空気が蔓延すれば、店の空気は濁っていきます。
ある老舗時計店の謝罪が変えた一日
私が以前取材した地方都市の老舗時計店での出来事です。ある日、常連のお客様から「修理を頼んだ時計の針が動かないままだ」とクレームが入りました。ベテラン店主は最初、「メーカーの不具合です」と口にしました。ところが、後から確認すると、自店の修理担当者のミスだったのです。
「どうしようか」と悩む店主に、若いスタッフが言いました。「正直にお話ししましょう。こちらのミスを認めて、お詫びして、きちんと直せばいいだけです」。
翌日、店主はお客様を訪ねました。深々と頭を下げ、「こちらの確認不足でした。本当に申し訳ありません」と伝えたのです。するとお客様は静かに頷き、「長年通ってきたからこそ、言いにくかったけど……ちゃんと謝ってもらえて安心しました」と笑顔を見せました。
この出来事をきっかけに、店内では「ミスを隠さない」「謝ることを恐れない」という文化が芽生えました。以降、クレームが減り、修理後のお客様満足度が上がったそうです。店主は後にこう語ってくれました。「謝ったら負けじゃなくて、謝ったらまた信頼を取り戻せる。あれが転機でしたね」。
謝る勇気が、信頼を再生させる。誠実な謝罪こそ、最強のマーケティングです。
「謝る力」が店を強くする
「謝る力」は、商人の“品格”を決めます。それは単に「ごめんなさい」と口にすることではなく、「相手との関係を未来につなぐ力」です。
謝ることは、負けることではなく、“修復の始まり”です。謝罪とは、心を整える行為です。自分の非を受け止め、相手の立場を想像し、次にどう生かすかを考える。これができる人は、どんな場面でも信頼され、再びチャンスをつかみます。
逆に、謝れないおじさんは「自分を守ること」に全力で、「関係を守ること」を忘れています。謝らないことで一時のプライドは保てても、長期的には人も商売も離れていくのです。
もしあなたの職場や店に“謝れない空気”が漂っているなら、まずは小さな「すみません」から始めてみてください。遅刻した時、約束を忘れた時、報告が遅れた時──たとえ些細なことでも、きちんと謝る。それだけで空気は変わります。謝れる人が増えるほど、組織は柔らかく、強くなるのです。
「誠実さ」は謝ることから始まる
謝るという行為は、勇気を試される瞬間です。自分の非を認めることは、心の中の“見栄”と“恐れ”を越えること。その一歩を踏み出せる人こそ、信頼を築ける商人です。
謝罪とは、相手の心に「あなたを大切にしています」と伝える最も人間的な行為です。誤りを正直に伝えること、誠実に受け止めること、そして行動で信頼を取り戻すこと。これができる店は、どんな逆境でも再生します。
「謝れる人」が多い職場は、笑顔が多く、雰囲気が明るい。「謝らない人」が多い職場は、沈黙と不信が漂う。同じ失敗をしても、結果が大きく違うのは、そこに“誠実さの温度”があるからです。
謝ることは、終わりではなく始まりです。それは信頼の再構築であり、関係を未来へつなぐ「商いの力」そのものです。






