「もっと効率よくできないか」
「人手を減らしても回る仕組みを作らねば」
売上の頭打ち、物価と人件費の上昇、採用難……。多くの小売業が直面するこうした課題に対し、「生産性向上」は避けて通れないテーマです。しかし、今一度考えてみたいのは、その「生産性向上」が目指す方向です。
本当に必要なのは、ただの省力化・効率化でしょうか? それとも、小売業にしかできない価値を高めることでしょうか?
「生産性=業務の削減や人件費の圧縮」と捉えてしまうと、本来の魅力や接客力が失われ、顧客満足が低下してしまいます。人間らしいやりとりを通じて、顧客との関係性を深めることができるのが小売の強みです。生産性を高めるとは、時間を削ることではなく、価値を高めることにほかなりません。
特に、人口減少と高齢化が進む今後の日本社会では、「たくさん売る」こと以上に、「一人のお客様から深い支持を得る」ことが求められます。つまり、効率性の追求だけでなく、付加価値の創造が本質的な生産性向上のカギなのです。
そのことを体現しているのが、神奈川県鎌倉市発のアパレルブランド「メーカーズシャツ鎌倉」です。同社は、高品質なワイシャツを驚くほど手ごろな価格で提供することで知られていますが、その背後には独自の哲学があります。単なる価格競争ではなく、「品質の高さを感じていただく接客」「商品に込めた想いを丁寧に伝える売場」が重視されているのです。
たとえば、店舗スタッフは商品の縫製や生地の特長を熟知しており、顧客の体型や好みに合わせたシャツ選びを丁寧にサポートします。さらに、顧客の声を本社にフィードバックし、新商品の改善にも反映されています。
一方で、バックヤードでは在庫管理の自動化や発注業務のシステム化など、徹底した業務効率化が進んでいます。つまり、効率化すべきところは効率化し、空いた時間と労力を「接客という付加価値創造」に注ぐという明確な戦略があるのです。このように、生産性向上とは「価値を削ること」ではなく、「価値に集中すること」だと、同社の取り組みは示しています。
では、我々は日々の現場で、何に時間と労力を使うべきか。すべての業務に同じ熱量を注ぐのではなく、「顧客が本当に評価する価値」に集中する視点が求められます。
・お客様の声に耳を傾ける時間
・コーディネートや使い方の提案
・店内POPやディスプレイづくり
・お客様との信頼を深める日々のあいさつや会話
これらは、機械やAIには代替できない、小売業ならではの“価値創造の時間”です。逆に言えば、それ以外の「機械に任せられる業務」「マニュアル化できる作業」は、どんどん効率化・自動化して構わないのです。
今後、小売業の生産性を考えるうえで、次の三点が基準になるでしょう。
顧客価値の最大化:価格以上の満足や感動を提供しているか
従業員の創造性の発揮:人が人らしく働けているか
経営の持続可能性:利益と信頼を両立できているか
これらのバランスが整ってはじめて、「意味のある生産性向上」が実現するのです。「生産性を上げろ」と言われると、どうしても“無駄を削れ”というプレッシャーに感じられがちです。しかし、小売業において本当に問うべきは、「あなたの店が提供する価値は何か」「その価値を、どうすればもっと深められるか」です。
数字だけを追うのではなく、お客様の心に残る価値を高めることこそが、小売業にとっての“本質的な生産性向上”です。無機質な効率化ではなく、人の手と心が生み出す付加価値の力に、いま一度目を向けていきましょう。







