笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

ある地方都市の住宅街に、家族で営む小さなクリーニング店があります。大手チェーンが並ぶ中、けっして価格が安いわけでも、広告が派手なわけでもありません。それでも地域の人々から選ばれ続けている理由は何でしょうか。私は、その店で訊いた一つの出来事に、その理由を知りました。

 

ある日、70代の男性がスーツを持って店を訪れました。「母の葬儀があってね。久しぶりにこの礼服を着ようと思ったら、虫食いがあって…間に合わないかな」。

 

店主はその話を聞くや否や、「お母様を送る大切な礼服なんですね。何とかしましょう」と応じ、その場で修繕の段取りとクリーニングのスケジュールを組み立て、通常は3日かかる作業を一日で仕上げたのです。

 

翌日、礼服を受け取った男性は、何度も頭を下げて帰っていきました。それから数日後、「あの時は本当に助かりました」と、感謝の手紙が届き、家族で訪れるようになったというのです。

 

商売とは気持ちに応えること

 

この出来事に、商人が持つべき「小さな声を聴く力」が凝縮されています。「急ぎ」「大切な日」「不安」——こうしたお客様の心の内を察し、寄り添う姿勢が、信頼という形で返ってくるのです。

 

商品を磨くことも大切です。接客技術を高めることも欠かせません。しかし、その根底にあるべきは、「目の前のお客様のために、できることをする」という誠実な意志なのです。

 

私が拙著『店は客のためにあり店員とともに栄え店主とともに滅びる』で繰り返し訴えた「店は客のためにある」とは、単に「お客様は神様です」という意味ではありません。それは、「お客様の人生に、あなたの仕事がどう寄り添えるか」を問い続けることです。

 

クリーニング店の店主は、礼服を洗ったのではありません。お客様の「母を想う気持ち」を受け止め、その想いを大切にする手助けをしたのです。

 

つまり、商売とは「モノを売る」ことではなく、「気持ちに応える」こと。その誠実さがお客様の記憶に残り、やがて店の信頼となっていくのです。

 

品物とともに心を届ける

 

私の尊敬する商業思想家・倉本長治は、「商人の使命は、品物とともに心を届けることである」と説いています。売上は、その結果にすぎません。日々のお客様一人ひとりに、どう向き合っているか。その積み重ねが、「商いの品格」をつくっていくのです。

 

商いは派手さではなく、むしろ地味で目立たない仕事の連続です。しかしその中で、誰かの一日を助けたり、心を救ったりする力がある。だからこそ、商人は誇りを持って仕事に向かうべきです。

 

「自分の商いは、お客様の人生にどう貢献しているか」
「この商品は、誰のどんな場面で、どんな役に立つのか」

 

この問いを忘れずにいることが、商人の心を整えます。そしてその心が、社員に伝わり、スタッフに広がり、やがて地域の信頼を得て、店の未来を育てていくのです。

 

クリーニング店の店主は、こう語っていました。「特別なことはしていません。ただ、目の前のお客様に“自分がされたらうれしいこと”をしているだけです」。

 

これこそが、商いの原点。誰もができることを、誰にも負けない誠実さでやり抜く。その姿勢こそが、商人を商人たらしめるのだと、私は確信しています。

 

店は、客のためにある。そして、店員とともに栄え、店主とともに滅びる。

 

この言葉に込められた倉本長治の教えは、時代を超えて、今日の商いにも生きています。目の前のお客様の幸せを願い、誠実に仕事を重ねる。それが、商人の本分であり、未来への道なのです。

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

「小さな声を聴く力」への2件のフィードバック

  1. 笹井さん、こんばんは!
    当店のことを書いていただいたにもかかわらず、見逃しておりました
    たいへん失礼いたしました

    読まさせていただき、そんなこともありましたと自分の店のことながら、嬉しい気持ちになりました

    今でも、笹井さんから教えていただいた商人の心得は、深く自分の毎日の行動の根底にあります

    お客さんに寄り添うということが、どれだけ大切なことにもかかわず、世の中のお店がその正反対の方向に進んでいるのが、なんとももどかしい思いです

    僕も、もし、笹井さんと出会っていなかったらお客さんに寄り添うことの大切さを学ばなかったかもしれないし、もしかして、今の店はなかったのかもしれません

    それぐらい僕の人生にとって、笹井さんとの出会いは大きな分岐点だったのです

    本当に笹井さんとの出会いに感謝いたします
    ありがとうございます

    クリーニングの需要が急激に落ち、個人店の廃業が続く状況の中で、なんとか毎日楽しく充実して仕事をさせていただいています

    まだまだ、暑い日が続きますので、笹井さんも、くれぐれもご自愛ください

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