笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

「お客様」は店の外にだけいるのでしょうか?

私たちは、毎日のように「お客様」という言葉を使います。昨日は、今週、今月、そして一年を振り返って、いったい何回「お客様」と口にしたでしょうか。「お客様を大切にしよう」「お客様第一で考えよう」「すべてはお客様のために」など、商売をしている人なら耳にたこができるほど聞いてきた言葉でしょう。

 

では、その「客」とはそもそも誰なのでしょうか。どのような語源を持っているのでしょうか。「客」という漢字は、「宀(うかんむり)」と「各」から成っています。「宀」は家や建物を表し、「各」には「やってくる、いたる」という意味があります。そこから「客」は、もともと「よそから家にやって来る人」を意味する字になりました。

 

興味深いのは、そこに「買う」という意味がないことです。客とは、最初から「お金を払ってくれる人」だったのではありません。こちらへやって来てくれた人です。自分のいる場所を離れ、時間を使い、わざわざこちらまで足を運んでくれた人。それが「客」という言葉の原点でした。

 

そう考えると、「お客様」という言葉の見え方が少し変わってきます。

 

買ってくれる人だけが
お客様なのではない

 

店に入ってきた人を、買うか買わないかで見てしまうことがあります。「あの人は見るだけだった」「今日は客単価が低い」「もっと買ってもらわなければならない」といった具合です。経営ですから、もちろん売上も客単価も大切です。しかし数字だけを見ていると、その手前にあるもっと大切な事実を忘れてしまいます。

 

その人は、来てくれたのです。数ある店の中から、この店の前で足を止め、扉を開けてくれました。数ある会社の中から問い合わせをしてくれました。限りある人生の時間の一部を、私たちのために使ってくれました。

 

だからこそ、商売は「売る」ことから始まるのではなく、「迎える」ことから始まります。「いらっしゃいませ」という言葉も、本来は販売開始の合図ではないはずです。「よく来てくださいました」という歓迎の気持ちを表す言葉です。

 

ここまで考えたとき、もう一人、忘れてはならない「客」が見えてきます。それが、一緒に働いている従業員です。

 

従業員もまた
ここへ「来てくれた人」

 

朝、店の扉を開けて入ってくる従業員。会社に出勤してくる社員。パートタイマーも、アルバイトも同じです。考えてみれば、その人たちもまた、自分の家を出て、時間を使い、私たちのもとへ「来てくれた人」です。

 

しかも、お客様が店で過ごすのは数十分、長くても数時間かもしれませんが、従業員は一日のうち8時間近くをそこで過ごすことがあります。人生の大切な時間を、毎日、私たちの店や会社に預けてくれているのです。

 

給料を払っているのだから当然だ、と考えることもできます。しかし給料は労働への対価であって、その人の人生そのものを買っているわけではありません。彼らは誰にとっても最も貴重で平等な「時間」という資源を、あなたの店に投資してくれているのです。

 

働く人には、家族があります。夢があります。悩みがあります。体調の悪い朝もあれば、うれしい出来事があった朝もあります。それでも今日、この場所へ来てくれています。そう考えれば、一緒に働く従業員もまた、大切なお客様の一人なのではないでしょうか。もちろん、従業員と商品を買ってくださるお客様の役割は違います。責任も違います。しかし、「ここへ来てくれた人を大切に迎える」という意味では同じです。

 

外から来るお客様には満面の笑顔で「いらっしゃいませ」と言うのに、従業員が出勤してきても顔を上げない。お客様には丁寧な言葉を使うのに、部下には命令口調になる。お客様の話は最後まで聞くのに、従業員の相談には「忙しいから後にして」と答える。あなたがもしそうなっているとしたら、「お客様を大切にする経営」は、店頭だけの演技になってしまいます。

 

従業員への態度は
必ずお客様への態度になる

 

不思議なもので、職場の空気は隠せません。経営者が従業員を大切にしている店には、どこかあたたかさがあります。互いに「ありがとう」が交わされている職場では、お客様への「ありがとうございます」にも心が宿ります。困っている仲間を自然に助ける店では、困っているお客様にも自然と手が伸びます。

 

反対に、バックヤードで怒鳴り声が飛び交い、失敗した人を責め、互いに無関心な職場で、「お客様だけは大切にしてください」と言っても無理があります。人は、スイッチ一つで人格を切り替えることはできないからです。

 

働く人が会社からどう扱われているか。その経験は、そのままお客様への接し方に表れます。だから、顧客満足を高めようと思ったら、その前に経営者が問うべきことがあります。「今日、働きに来てくれた人を、私はどんな顔で迎えただろうか」と自問自答してほしいのです。

 

難しい施策ではありません。「おはよう」と目を見て言う。名前を呼ぶ。「ありがとう」を惜しまない。意見を最後まで聞く。失敗したときに、責める前に事情を訊く。よい仕事をしたときには、その場できちんと伝える。

 

どれもお金はほとんどかかりません。しかし、その積み重ねが「私はここで大切にされている」という実感をつくります。そして、大切にされた人は、人を大切にできるようになります。人とはお客様であり、共に働く従業員であり、取引先であり、あなた、つまり経営者です。

 

「客」という一字は、商売の原点を教えてくれます。客とは、まず「来てくれた人」です。そうであるなら、店の入口から入ってくる買い物客だけがお客様なのではありません。毎朝、従業員入口から入ってくる人もまた、この場所を選び、今日という時間を持って来てくれた大切な人です。

 

お客様を大切にしたいのであれば、まず、一緒に働く人を大切にしましょう。従業員を大切なお客様の一人として迎えることから、本当の「お客様第一」は始まるのではないでしょうか。明日の朝、最初に出勤してきた人に、いつもより少しだけ心を込めて「おはよう」と言ってみてください。繁盛は案外、店の外ではなく、店の内側から始まるものなのです。

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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