今日、10月2日は金子哲雄さんの命日です。2012年10月2日、41歳という若さで旅立ってから14年が経ちました。テレビで活躍していたころの金子さんを知らない世代も、少しずつ増えています。
あなたは、金子哲雄さんをどんな人として覚えているでしょうか。丸い眼鏡、少し甲高い独特の話し方、家電量販店などで値切り術を楽しそうに語る姿。「値切りの達人」「お得情報に詳しい人」という印象を持つ人も多いでしょう。
もちろん、それも金子哲雄という人の一面です。しかし、私が知っている金子さんの本当の姿は、少し違います。彼は、歩く人でした。店を歩く。街を歩く。売場を歩く。人を訪ねる。そこで見たもの、聞いたこと、感じたことを持ち帰り、自分の頭で考え、誰にでもわかる言葉にして伝える。私は金子哲雄という人を一言で表すなら、「足で考える流通ジャーナリスト」と呼びたいと思います。
命日の今日、テレビの人気者としてではなく、一人の仕事人として、金子哲雄さんのことを書いておきたいと思います。
出会いは一冊の雑誌だった
金子さんと私が出会ったのは1999年でした。その年の7月、商業界から『販売強化書――販売員実力向上ハンドブック――「あなたから買いたい」とお客さまに言わせる』という別冊を発行しました。私にとって、初めて一冊丸ごとの編集を任された仕事でした。その誌面づくりを通じて出会ったのが金子哲雄さんです。
この年は、金子さんが私が編集長を務めた「商業界」への執筆を始めた年でもあります。その後、他の雑誌でも流通やサービス業について精力的に取材し、書き続けました。私もまだ駆け出しの編集者でした。金子さんも、後年のように全国のお茶の間で知られる存在ではありませんでした。二人とも、これから何者かになろうとしていたころです。
今振り返ると、私たちの出会いとなった雑誌の副題が「あなたから買いたいと言わせる」だったことに、不思議な縁を感じます。後年、金子さんは「いかに安く買うか」を語る人として有名になりました。しかし、彼が流通の世界で考え続けていたことは、もっと根源的でした。
人は、なぜ買うのか。なぜ、この店で買うのか。なぜ、この人から買いたくなるのか――。その答えを、机の上ではなく現場から探し続けたのが金子哲雄というジャーナリストでした。
2001年、姉妹誌「販売革新」で金子さんは「深夜のモンスター『ドン・キホーテ新宿東口本店』の24時間」という記事を書いています。文字どおり、一日の店舗の動きを追った取材です。昼と夜では客が違います。働く人も変わる。売れる商品も変わる。街の表情さえ変わっていく。数時間店を見て、店長に話を聞いただけではわからないことがあります。そこに居続けなければ見えない事実があります。
さらに2005年には「商業界」で新潟県中越地震に被災した原信西小千谷ショッピングセンターを追っています。テーマは「震災から復興までの10日間徹底ルポ」。「そこに原信があってよかった」と被災した人々に感じてもらいたいと、復旧に奔走する商人たちを記録しました。
24時間を見る。10日間を見る。そこに、金子さんの取材姿勢が凝縮されています。
取材とは、質問することだけではありません。見ることです。待つことです。歩くことです。商品を手に取ることです。お客様の表情や、働く人の何気ない仕草を見ることです。金子さんは、そこから見えてくる「なぜ?」を拾い続けました。そして、足で集めた事実を頭の中でつなぎ合わせ、誰にでもわかる言葉に変えていったのです。
テレビで私たちが見ていたのは、その仕事の最後の部分でした。金子さんの話は、いつもわかりやすかった。難しい流通の仕組みも、価格形成も、消費者心理も、彼にかかると「なるほど」と思える話になりました。しかし、本当にわかりやすく話すためには、その何倍もの事実を知らなければなりません。
誰よりも現場を歩いたから、誰よりもわかりやすく話せた。それが金子哲雄だったのだと思います。
「安さ」ではなく「価値」を見ていた
テレビの中の金子さんだけを覚えていると、もう一つ見失ってしまうものがあります。金子哲雄は、本当に「安いもの」を探していたのではありません。彼が探していたのは、値段の向こう側にある価値でした。
どこでつくられ、どう流通し、なぜこの値段になるのか。なぜお客様はこれを買うのか。安くすれば売れるのか。それとも、値段以外に人を動かす何かがあるのか。彼の仕事を追っていくと、商品、売場、販売員、商店街、物流、物価、人材不足、インバウンドへと対象は広がっていきます。
しかし、その底に流れる問いは変わりません。人は、何に価値を感じ、何によって動くのかという根源的なものでした。
亡くなった翌年の2013年、商業界から『「衝動買い」が止まらない!』という本が刊行されました。中心にあるのは「需要創造」です。安く売ることではありません。お客様の心の中に、まだ存在していなかった「欲しい」を生み出すことです。
お客様自身がまだ気づいていない不便を見つける。知らなかった商品と出会わせる。新しい使い方を提案する。「こんなものが欲しかった」と喜んでもらう。それこそが商売ではないか。金子さんは、流通の現場を歩きながら、そこへたどり着いていたのではないでしょうか。
そして原信の記事は、もう一つ大切なことを教えてくれます。災害が起きたとき、店は単なる商品販売所ではありません。水を届け、食べ物を届け、日用品を届ける。店に灯りがともり、従業員が働いている。それだけで地域の人は「ここで暮らしていける」と感じることがあります。
商業は人の暮らしを支える仕事である――。「テレビでは値切りの達人として笑顔を見せながら、専門誌では、被災地で店を再開しようとする商人たちを追っていた。それもまた、金子哲雄でした。
今も変わらず答えは現場にある
金子さんが亡くなってから14年。もし金子さんが今も生きていたら、どこを歩いているでしょうか。物価高に揺れるスーパーマーケットでしょうか。外国人観光客でにぎわう街でしょうか。人手不足に悩む地方の商店でしょうか。それとも、AIによって変わり始めた新しい買物の現場を面白がって歩いているでしょうか。
きっと、パソコンの画面だけを見て評論することはしないでしょう。「笹井さん、ちょっと面白い店があるんですよ」と、あの独特の声でそう言って、さっさと現場へ向かってしまうような気がします。
情報はいくらでも手に入る時代になりました。検索すれば統計もニュースも出てきます。AIに尋ねれば、かなりのことまで瞬時にわかります。しかし、情報と事実は同じではありません。数字と現実も同じではありません。
現場へ行かなければわからないことがあります。人に会わなければ聞けない言葉があります。歩かなければ見えない風景があります。そして、そうした小さな事実の中にこそ、時代の大きな変化の兆しがあります。
足で事実を集める。頭で意味を考える。そして、人に伝わる言葉にする。それが、金子哲雄という流通ジャーナリストの仕事でした。
命日の今日、あらためて彼のことを思います。金子さん、あなたが歩いていた売場は、この14年でずいぶん変わりました。あなたに見せたかった店も、商品も、新しい商売の形もたくさん生まれました。
けれど、一つだけ変わらないことがあります。商売の答えは、今も現場にあります。だから私も、これからも歩きます。あなたがそうしたように。足で考えるために。







