笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

粗利益を人にどう分けているか

人手不足が続き、賃上げへの対応も避けられない時代になっています。募集しても人が集まらない。採用しても定着しない。働く人の生活を守るためにも、賃金を上げたい。しかし、店に十分な利益が残らなければ、人件費を払い続けることはできません。

 

そこで見ておきたい数字が「労働分配率」です。労働分配率とは、店が生み出した粗利益のうち、どれだけを人件費に使っているかを示す数字です。計算式は、人件費を粗利益高で割り、100を掛けます。たとえば、粗利益高が500万円で、人件費が250万円であれば、労働分配率は50%です。つまり、店が生み出した粗利益の半分を、人件費として働く人に分配していることになります。

 

この数字が大切なのは、商売が一人では成り立たないからです。商品を仕入れる人、売場をつくる人、接客する人、レジを打つ人、品出しをする人、掃除をする人、発注や事務を担う人。お客様の満足は、そうした一つひとつの働きによって生まれます。労働分配率は、店が生み出した利益を、働く人にどのように返しているかを見る数字です。

 

 

人件費はコストであり投資でもある

 

計数管理に慣れていない人は、まず「分配する元は売上ではなく粗利益である」と考えるとわかりやすくなります。売上高のすべてが店に残るわけではありません。売上から商品の原価を差し引いた粗利益が、家賃、人件費、光熱費、販促費、設備費、そして利益のもとになります。

 

したがって、人件費を考えるときには、売上高ではなく粗利益高との関係で見る必要があります。売上が増えていても、粗利益が薄ければ、人件費を支える力は弱くなります。反対に、売上は大きくなくても、粗利益をしっかり残せていれば、人に報いる余力は生まれます。

 

労働分配率は、低ければよいという数字ではありません。低すぎれば、人に十分に報いていない可能性があります。賃金が低く、教育も不足し、少ない人数に負担が集中すれば、働く人の意欲は下がります。

 

結果として、接客の質、売場の鮮度、作業の正確さ、お客様への気配りにも影響します。人を大切にしない店は、長くお客様を大切にすることも難しくなります。

 

一方で、労働分配率が高すぎる状態も注意が必要です。粗利益の多くが人件費に使われ、家賃や光熱費、販促費、設備投資、将来への備えが残らなければ、店の継続力は弱くなります。

 

働く人を大切にしたいと思っても、店が続かなければ雇用を守ることはできません。大切なのは、人に報いることと、店を続けることを両立させることです。

 

ここに、労働分配率を見る意味があります。この数字は、人件費を削るためだけのものではありません。働く人にきちんと報いながら、店として持続できる状態にあるかを確かめるための数字です。

 

 

分配する前に粗利益を増やす

 

ベテランほど見直したいのは、労働分配率を「人件費が重いか軽いか」だけで見てしまうことです。人件費が重いと感じたとき、すぐに人数を減らす、時間を削る、採用を止めるという発想になると、店の力そのものを弱めることがあります。

 

本当に考えるべきことは、人件費を支えるだけの粗利益を生み出せているかです。値引きに頼りすぎていないか。粗利益率の低い商品ばかり売れていないか。買上点数を増やす提案ができているか。人の時間が売上だけでなく、粗利益につながっているか。労働分配率は、人件費だけでなく、値付け、品揃え、接客、売場づくりのあり方まで問い直す数字です。

 

賃上げが必要な時代だからこそ、粗利益を増やす経営が欠かせません。単に価格を上げるのではなく、商品の価値を伝える。安売りではなく、納得して買っていただく。作業に追われる時間を減らし、お客様への提案に時間を向ける。人の力によって粗利益を高め、その粗利益をまた人に返していく。その循環が、人を大切にする経営の土台になります。

 

たとえば、同じ人数で働いていても、売場が整理され、商品説明が伝わり、関連販売が生まれ、値引きが減れば、粗利益は高まります。粗利益が高まれば、賃金、賞与、教育、採用、働きやすい環境づくりに回せる余力が生まれます。人を大切にする経営は、気持ちだけでは続きません。人を大切にできるだけの利益をつくる経営努力が必要です。

 

労働分配率を見るときは、単月だけで判断しないことも大切です。繁忙期と閑散期では数字が変わります。採用直後や教育期間は、一時的に人件費が先行することもあります。新しい売場づくりやサービス強化のために、人への投資が増える時期もあります。大切なのは、短期の数字に一喜一憂することではなく、粗利益と人件費の関係が長い目で健全かどうかを見ることです。

 

また、労働分配率は、働く人との信頼関係にも関わります。経営者が数字を見ずに「人件費が高い」と言えば、働く人は自分たちが負担のように扱われていると感じます。しかし、「粗利益を増やし、その成果を人に返す」という考え方を共有できれば、数字は人を追い詰めるものではなく、店をよくする共通の物差しになります。

 

人件費は、店にとって大きな支出です。しかし同時に、お客様に価値を届けるための最も大切な投資でもあります。人が育てば、接客が変わります。売場が変わります。お客様との関係が深まります。その結果、粗利益を生む力も高まります。

 

労働分配率を見ることは、働く人を大切にしながら、店を続ける力を確かめることです。人に報いるためには、粗利益をつくらなければなりません。粗利益をつくるためには、人の力を生かさなければなりません。その両方を結びつけるところに、これからの小売業の経営があります。

 

労働分配率は、人件費を削るための数字ではありません。店が生み出した価値を、働く人と未来のためにどう分けるかを考える数字です。人を大切にする経営を願いで終わらせず、続けられる仕組みに変えていく。そのために、労働分配率を見つめたいものです。

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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