先日、出張先で利用した飲食店に「非理法権天」と書かれた色紙が飾ってありました。非は理に勝たず 理は法に勝たず 法は権に勝たず 権は天に勝たず――わずか五文字ですが、そこには、人は何をよりどころに生きるべきか、そして最後に何を信じて判断するのかという大きな問いが込められています。
この言葉は、南北朝時代の武将・楠木正成の旗印として広く知られてきました。「非理法権天」そのものも、天道に従って行動すべきだという戒めとして説明されています。誰が最初に語ったか以上に大切なのは、この五文字が現代の商いにも通じるということです。
商売をしていると、正しいことをしていれば必ず勝てるとは限りません。資本力のある企業に価格で負けることもあります。制度の壁に阻まれることもあります。取引先との力関係で、納得できない条件を受け入れざるを得ない場面もあります。
そんなとき、「非理法権天」は問いかけます。あなたは、何を最後の判断基準にするのか、と。
目先では「力」が勝つことがある
商いの現場では、しばしば「権」が強い力を持ちます。大きな会社には購買力があります。大量に仕入れる企業は、仕入れ価格を下げることができます。知名度の高い企業は、多額の広告費を使えます。商業施設やプラットフォームを持つ側は、出店者より強い交渉力を持つことがあります。
現実には、正しい主張をしている側より、力のある側の意見が通ることもあります。だからこそ、商売を長く続けている人ほど、世の中が理想論だけでは動かないことを知っています。しかし、ここで忘れてはいけないのは、「力があること」と「正しいこと」は同じではないということです。
安く仕入れられるからといって、取引先を疲弊させるほど値下げを迫っていいわけではありません。売上を増やせるからといって、お客様に不要なものを売っていいわけでもありません。法律に触れないからといって、何をしてもいいわけでもありません。「違法ではない」という言葉は、「正しい」という意味ではありません。
商いには、法律より手前にある判断基準があります。それが「理」です。人として筋が通っているか。相手に恥じることはないか。家族や社員に胸を張って説明できるか。十年後に振り返っても、「あれでよかった」と言えるか。そうした問いが、商売の根をつくります。
商いには「法律の外側」に守るべきものがある
ある店が、原材料価格の上昇を理由に値上げをするとします。値上げそのものは悪いことではありません。利益を確保し、社員の給料を払い、品質を守り、会社を続けるために必要な値上げもあります。
では、同じ値上げでも、商品の量を気づかれないように減らしたり、品質を落としたりしながら、そのことを説明しなかったらどうでしょう。法律上の問題がない場合もあるでしょう。けれども、お客様が後から気づけば、「だまされた」と感じます。
ここに、商いの難しさがあります。法律は最低限のルールを定めます。しかし、信用は法律だけでは守れません。「法に触れないから大丈夫」という判断を重ねていると、いつの間にか商売から大切なものが失われていきます。
反対に、「お客様はどう受け取るか」「取引先に無理を押しつけていないか」「社員が誇りを持てる仕事か」と考える会社には、少しずつ信用が積み上がっていきます。信用とは、一度の取引でできるものではありません。
約束を守る。説明を尽くす。困っている人を見捨てない。間違えたら謝る。儲からなくても守るべき一線を守る。そうした小さな行動が積み重なり、やがて「あの店なら大丈夫」「あの人から買いたい」という評価になります。私は、商いの強さとは、こうした信用の厚みにあると考えています。
「天」とは長い時間のことではないか
「権は天に勝たず」――この「天」を商いに置き換えるなら、「長い時間」ととらえてみましょう。短期的には、不誠実な商売でも儲かることがあります。強引な販売で売上が上がることもあります。社員に無理をさせれば、一時的に利益率が上がるかもしれません。
けれども、時間は見ています。お客様は離れます。社員は辞めます。取引先は距離を置きます。評判は少しずつ広がります。反対に、その場では損に見える判断が、長い目で見ると会社を救うこともあります。
お客様のために返品を受ける。取引先との約束を守るために利益を削る。社員の生活を守るために目先の利益を減らす。その瞬間だけを見れば、効率が悪い判断かもしれません。しかし、そこで生まれた信用は残ります。
商売とは、今日の売上だけをつくる仕事ではありません。明日も来てもらえる理由をつくる仕事です。だからこそ、「何がいちばん得か」ではなく、「何がいちばん正しいか」を考える必要があります。
非より理。理より法。法より権。そして、権より天。力のある者が最後に勝つのではありません。長く続く商いをつくるのは、最後まで道理を捨てなかった人です。経営判断に迷ったとき、数字だけでは答えが出ないことがあります。法律を調べても、答えが見つからないことがあります。
そんなときは、「この判断は、人として正しいだろうか」と問いかけてみてください。商いの本道はそこから始まります。昭和の商業指導者、新保民八はこう遺しています。
正しきに
よりて滅ぶる
店あれば
滅びてもよし
断じて滅びず



