先日の出張で乗った日本航空福岡便。機体が高度を上げ、窓の外に雲海が広がったころ、機内モニターで一本の映画を選んだのが「プラダを着た悪魔2(原題:The Devil Wears Prada 2)」。タイトルを見た瞬間、およそ20年前の記憶がよみがえりました。
前作を観たころ、私は雑誌「商業界」の編集長として、全国の店を訪ね、商人の話を訊き、原稿を書き、毎月一冊の雑誌をつくる仕事の真っただ中にいました。締切に追われながらも、まだ知られていない店を探し、そこにある知恵を見つけ、どうすれば読者に伝わるかを考える毎日でした。
あれから20年。私はいま、福岡へ向かう飛行機の中でその続編を観ています。そして映画の中にも同じ20年が流れていました。
20年後、問いは「何を守るか」に変わった
2006年の前作「プラダを着た悪魔」は、ジャーナリストを志す若きアンディ(アン・ハサウェイ)が世界的ファッション誌「RUNWAY」のカリスマ編集長ミランダ・プリーストリー(メリル・ストリープ)のアシスタントとなる物語でした。ファッションに無頓着だったアンディは仕事を覚え、服装を変え、やがてミランダから認められていきます。
しかし仕事ができるようになるほど、恋人や友人との距離は広がっていきます。成功するために自分をどこまで変えるのか。その問いが前作を貫いていました。
そして20年後を描く本作。ミランダ、アンディ、エミリー、ナイジェルという主要人物が再び登場しますが、RUNWAYを取り巻く世界は一変。紙媒体は衰退し、デジタルやSNSが台頭し、雑誌そのものが存続の危機に直面しています。かつて時代を動かしていたミランダが今度は時代の変化に追われる側になり、若かったアンディは経験を積んだジャーナリストとなり、エミリーもまた力を持つ存在へ成長しています。固定されていた上下関係が崩れ、それぞれが「これから何を残すのか」を問われます。終盤ではRUNWAYの行方をめぐって、アンディとミランダがかつてとは違う形で力を合わせます。
前作の問いが「成功するために、自分をどこまで変えるのか」だったとすれば、続編の問いはこうです――時代が変わったとき自分の何を変え、何を守るのか。飛行機の座席で映画を観ながら、これは雑誌の話だけではない、と感じました。小売業も飲食業もサービス業も、そして私自身の仕事も同じ問いの前に立っています。
商人とはお客様の暮らしを編集する人
私は「商業界」で長く編集の仕事をしてきました。その後は、商人を応援することを仕事にしています。一見すると違う仕事ですが、映画を観ながらあらためて気づきました。商人とは編集者である、ということに。
編集とは、文章を直すことだけではありません。世の中に無数にある事実から「これは伝える価値がある」と選ぶ。その人自身も気づいていない価値を取材で見つける。複数の素材を組み合わせ、意味を与え、必要な人へ届ける。つまり編集とは、選び、組み合わせ、意味を与え、届ける仕事です。
これは商人も同じです。店には世の中にあるすべての商品を置くことはできません。何を仕入れるか、何を置かないか、何と何を組み合わせるか、どんな価格をつけ、どんな言葉で勧めるか。店主は毎日、編集しています。
書店なら「今、この人に読んでほしい一冊」を選ぶ。洋服店なら、服を組み合わせて「こんな暮らしをしてほしい」と提案する。飲食店なら、料理だけでなく器、照明、音楽、接客まで組み合わせて一つの時間をつくる。つまり店とは、店主が編集した世界なのです。
商品だけを売れば価格で比較されます。もっと安い店、もっと早く届く店、もっと品揃えの多いサイトがあります。しかし「この人が選んだものなら買いたい」「この店で相談したい」という理由があれば、単純な価格競争から離れられます。
商人とは商品を右から左へ動かす人ではありません。商品を素材に、お客様の暮らしを編集する人なのです。
AI時代ほど「何を選ぶか」が価値になる
「プラダを着た悪魔2」が興味深いのは、RUNWAYが直面する危機の向こう側に、2026年の私たち自身が見えることです。AIやテクノロジーは、文章を書き、画像をつくり、情報を集め分析し、候補まで提示してくれます。仕事の多くはこれからさらに速く、便利になるでしょう。
では、人間には何が残るのでしょうか。私は「編集する力」だと考えます。AIは100の候補を出せても、どれを選ぶのか、誰に届けるのか、なぜ今それを勧めるのか、そこにどんな意味を込めるのか、最後にその判断を引き受けるのは人です。
かつて「商業界」で全国の繁盛店を取材していると、強い店には必ず店主の判断軸がありました。何でも置くのではなく「これは置く、これは置かない」があります。誰にでも売ろうとするのではなく「この人を喜ばせたい」があります。その積み重ねが店の人格となり、お客様を惹きつけます。
紙の雑誌がなくなっても、編集はなくならなりません。同じく、店の形が変わっても、商いはなくなりません。そのとき、守るべきなのは昔の方法ではなく、その奥にある価値です。編集者は情報を編集し、商人は商品を編集します。その、どちらも目指しているところは同じです。私たちは、人の人生を少し豊かにするために、世界を編集しているのです。
福岡へ向かう機上で20年ぶりにミランダとアンディに再会して、そんなことを考えました。20年前と同じ仕事をする必要はありません。むしろ変えるべきものは大胆に変えればいい。ただし、自分が大切にしてきた価値まで手放す必要はありません。
さて、あなたの店を見渡してみてください。商品、価格、売場、接客、発信。そこには、あなた自身の「編集」が表れているでしょうか。あなたは商いを通して、お客様の暮らしをどんなふうに編集したいでしょうか。その答えこそが、AIにも価格競争にも奪われない、これからの商人の価値になるはずです。







