笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

「好きな仕事が見つかりません」――若い人から、そんな相談を受けることがあります。好きなことを仕事にしたい。やりがいのある仕事をしたい。自分に合った仕事を見つけたい。その気持ちはよくわかります。

 

けれども、私はこうも思うのです。仕事は、最初から好きでなければならないのでしょうか。アップルの共同創業者、スティーブ・ジョブズは、2005年、スタンフォード大学の卒業式でこう語りました。

 

“Theonlywaytodogreatworkistolovewhatyoudo.(「偉大な仕事をする唯一の方法は、自分の仕事を愛することだ」

 

あまりにも有名な言葉です。しかし、これを単に「好きなことを仕事にしなさい」と受け取るだけでは、大切なことを見落としてしまうように思います。仕事は、好きだから続けられるだけではありません。続け、深め、人に喜ばれることで、少しずつ好きになっていく仕事もあるからです。

 

 

深めるか好きになる

 

商いの現場には、何十年も同じ仕事を続けている人がいます。毎朝、まだ暗いうちからパンを焼く人。包丁を研ぎ続けてきた人。菓子をつくり続けてきた人。毎日同じ時間に店を開け、お客様を迎える人。

 

そうした人たちを取材すると、必ずしも「子どものころから、この仕事が大好きだった」という人ばかりではありません。家業だったから継いだ。生活のために始めた。たまたま就職した。そんな人も少なくありません。

 

ところが、十年、二十年と仕事を続けるうちに、見えるものが変わってきます。商品のわずかな違いがわかる。お客様の表情を見ただけで、何を求めているのか察することができる。「あなたに任せるよ」と言っていただけるようになる。そして、「ありがとう。また来るね」という言葉をいただく。その瞬間、仕事は単なる作業ではなくなります。

 

好きだから深める。そして、深めるからもっと好きになる。仕事とは、そうして少しずつ自分のものになっていくのではないでしょうか。

 

これまで4000社を超える企業や店を取材してきて、繁盛する商人には一つの共通点があると感じています。それは、「これでいい」と思わないことです。

 

もっとおいしくできないか。もっと使いやすくできないか。もっとわかりやすく伝えられないか。もっとお客様に喜んでいただけないか。誰かに命じられたわけではありません。それでも考える。試してみる。失敗したら、もう一度やってみる。

 

なぜ、そこまでするのでしょう。自分の仕事が好きだからです。

 

仕事を愛するとは、仕事に甘くなることではありません。むしろ逆です。好きだからこそ、もっと上手になりたい。愛しているからこそ、中途半端な仕事では終わらせたくない。「もっと良くしたい」という気持ちほど、人を成長させるものはありません。

 

昨日できなかったことが、今日はできる。昨日より少しうまくつくれる。昨日よりお客様に喜んでもらえる。大きな成功だけが仕事の喜びではありません。昨日の自分を少しだけ超えることも、立派な成功です。

そして、お客様は意外なほどよく見ています。商品の扱い方、説明するときの表情、質問されたときの答え方、包装の仕方、見送るときの一言。そうした一つひとつから、「この人は自分の仕事を大切にしているな」と感じ取ります。

 

たとえば魚屋で、「今日はこの鯵がいいですよ。脂がのっていますから、塩焼きにしたらうまいですよ」と目を輝かせて言われたら、思わず買って帰りたくなります。それは魚の知識が豊富だからだけではありません。その人が魚を好きで、魚屋という仕事を楽しんでいることが伝わってくるからです。

 

仕事を好きな人からは、買いたくなる。私は、これは商売の大切な原則だと思っています。

 

 

「誰を喜ばせたいか」が仕事を変える

 

もちろん、仕事をしていれば楽しい日ばかりではありません。売れない日もある。失敗することもある。理不尽なことを言われることもあるでしょう。「もう、やめたい」と思う夜だってあるはずです。それでも翌朝、店を開ける。そして、目の前のお客様を迎える。そんな日々を繰り返しながら、仕事は少しずつ自分の人生の一部になっていきます。

 

では、どうすれば仕事をもっと好きになれるのでしょうか。私は「何をするか」だけでなく、「誰を喜ばせたいか」を考えることだと思っています。

 

パン屋なら、パンを焼くことだけを考えるのではありません。そのパンを囲んで笑う家族を思い浮かべる。洋服屋なら、服を売ることだけではありません。それを着て出かけるお客様の晴れやかな姿まで想像する。料理人なら、料理をつくることだけではなく、「おいしかった」と笑顔で店を出ていく人までが仕事です。

 

商いとは、商品を通じて、人の幸せに関わる仕事です。そう考えれば、いつもの仕事が少し違って見えてきます。ジョブズの言葉も、違って聞こえてきます。

 

「偉大な仕事をする唯一の方法は、自分の仕事を愛することだ」

 

偉大な仕事とは、世界を変える仕事だけではありません。目の前の一人を笑顔にする。困っている人の役に立つ。「あなたに頼んでよかった」と言っていただく。それもまた、立派な「いい仕事」です。

 

仕事を愛すれば、もっと知りたくなります。もっと上手になりたくなります。もっと喜んでもらいたくなります。その積み重ねが腕を磨き、信用を育て、やがて「あの人から買いたい」という信頼に変わっていきます。

 

好きな仕事を探し続ける人生もあります。けれども、今ここにある仕事を、もっと好きになる道もあります。今日より明日、ほんの少しだけいい仕事をする。昨日より一人多く、お客様を喜ばせる。「ありがとう」を一つ増やす。それで十分です。

 

その小さな積み重ねの先に、いつか胸を張って言える日が来ます。「この仕事をしてきて、本当によかった」と。さあ、今日もいい仕事をしましょう。

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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