蒸籠の蓋が開くと、白い湯気がふわりと立ち上ります。その中に整然と並ぶ小籠包。薄い皮に包まれた餡、頂には美しいひだが刻まれています。店内ではスタッフが忙しく動きながらも、お客様の表情や食事の進み具合に目を配っています。世界中から訪れる人々が同じ一皿を求めて列をつくる――台湾を代表する飲食店「鼎泰豐(ディンタイフォン)」の日常です。
2026年現在、鼎泰豐は世界15カ国・地域、180店舗を超える規模にまで広がっています。しかし、この世界的ブランドが最初から小籠包店だったわけではありません。始まりは、一軒の小さな油屋でした。鼎泰豐の歩みで注目すべきなのは、「変わらなかった会社」だったことではありません。変えるべきものと、変えてはいけないものの階層を見誤らなかったことです。商品や業態は変える。しかし、お客様に対する約束は変えない。その判断軸が、後の世界ブランドを支えました。
商いの根にある「恩」
鼎泰豐の創業者、楊秉彝は1927年、中国・山西省に生まれました。戦乱の続く1948年、21歳で台湾へ渡り、食用油を扱う「恆泰豐」という店で働き始めます。配達から始まり、真面目な仕事ぶりを認められて、やがて帳簿や商品の管理も任されるようになりました。
しかし、勤めていた店は経営難によって閉店します。楊秉彝は妻とともに独立を決意し、1958年、自ら食用油店を開きました。その店につけた名前が「鼎泰豐」です。油の仕入先だった「鼎美油行」の「鼎」と、自分を育ててくれた「恆泰豐」の「泰豐」を合わせて名づけました。
この店名には、鼎泰豐という企業の原点が刻まれています。世話になった人や取引先への感謝を、創業した店の名に残す。そこにあるのは単なる美談ではなく、「自分の商売は多くの人との関係の上に成り立つ」という商人の認識です。商売を自分一人の力で成し遂げたものと考えない姿勢は、その後の顧客、従業員、取引先との関係にも通じていきます。
ブランドというと、ロゴや商品名、広告表現を思い浮かべがちです。しかし、ブランドの実体は「この店なら、こうしてくれる」というお客様の期待です。約束を守る。良いものを出す。相手を粗末にしない。その行動が繰り返されるほど期待は確信へ変わり、やがて「あの店なら大丈夫」という信用になります。広告でブランドをつくるのではなく、日々の判断と行動がブランドをつくる。鼎泰豐の経営には、その順番が一貫しています。
だから鼎泰豐というブランドは、世界的な評価を得たときに突然生まれたのではありません。一軒の油屋として暖簾を掲げたときから、その土台はすでにつくられていたのです。

衰退したのは売り方
ところが1970年代、鼎泰豐は大きな危機に直面します。瓶や缶に入ったサラダ油が普及し、それまで一般的だった食用油の量り売りが衰退していきました。昨日まで必要とされた売り方が、生活様式や流通の変化によって必要とされなくなる。これは、いつの時代、どの業種にも起こります。「お客様が来なくなった」とき、景気や人口のせいにしたくなります。しかし、消えたのは本当に顧客なのでしょうか。
鼎泰豐の歴史が教えるのは、衰退したのは顧客ではなく、「油を量り売りする」という方法だったということです。人々は食べることをやめたわけではありません。良いものを求めなくなったわけでもありません。ただ、油の買い方が変わりました。需要が消えたのではなく、需要を満たす方法が変わったのです。
ここに成熟市場で商売を続けるための重要な視点があります。商品や業態を自社の「目的」と考えると、変化は自分の存在を否定する脅威に見えます。しかし、商品や業態を「お客様に価値を届けるための手段」と考えれば、手段は変えられます。守るべきなのは昨日までの売り方ではなく、「なぜこの店が必要とされるのか」という理由です。目的と手段を分けられる会社ほど、環境変化に強くなります。
1972年頃、知人から「小籠包を売ってみてはどうか」と勧められ、鼎泰豐は店舗の半分で油を販売し、残り半分で小籠包をつくりはじめます。いきなり油屋を閉めたのではありません。既存事業を続けながら、新しい商売を小さく試しました。
ここも見逃せません。変革とは、過去を全否定して大勝負に出ることだけではありません。今の収入源を残しながら新しい可能性を試し、お客様の反応を確かめ、手応えがあれば資源配分を変える。小さく試せば、失敗しても学びが残ります。鼎泰豐の転換は、勇気だけでなく、学びながら変わる現実的な経営でもありました。
丁寧につくられた小籠包は評判を呼びました。食べた人が「おいしい」と誰かに伝え、その人がまた別の人を連れてくる。やがて小籠包や麺、点心の売上が油を上回り、鼎泰豐は飲食店へと姿を変えていきます。変えたのは「油屋」という業態と扱う商品でした。
一方で変えなかったものがあります。良いものを提供すること。手を抜かないこと。お客様を裏切らないこと。商売を通じて人との関係を大切にすることです。これらは抽象的な理念ではなく、「何を売るか」「どこまで品質を守るか」「誰にどう接するか」を決める判断基準です。商品と業態は変わりました。それでも商いの軸は変わりませんでした。
変わらぬ軸が店を育てる
その後、鼎泰豐は大きく成長します。1993年には米国のニューヨーク・タイムズ紙で特色あるレストランとして紹介され、1996年には日本へ進出。2010年には香港店がミシュラン一つ星を獲得しました。そして現在では、世界各地に店舗を展開するブランドへ成長しています。
しかし考えてみれば、小籠包は鼎泰豐が発明した料理ではありません。台湾や中国には昔から多くの小籠包店があります。炒飯も麺も、けっして珍しい料理ではありません。それでも鼎泰豐は世界ブランドになりました。ここに、差別化を考えるうえで大切な事実があります。
差別化とは、誰も見たことのない商品を発明することだけではありません。誰もが知っている商品を、品質、提供方法、接客、安心感まで含めて、誰にも真似できない深さまで磨くことも差別化です。競争優位は、一つの奇抜なアイデアより、多数の小さな約束を長く守ることで生まれることがあります。その前提にあるのが、「自分たちは何を大切にする店なのか」という軸です。
時代が変われば、商品は変わります。売り方も変わります。店の形も、使う技術も変わります。AIがさらに普及すれば、商売の方法はこれまで以上の速度で変化するでしょう。だからこそ、経営者には二つの問いが必要になります。「何を変えなければならないのか」。そして「何があっても変えてはいけないのか」です。
この二つを混同すると、商売は迷走します。変えるべき方法を守り続ければ、時代から取り残されます。一方で、守るべき約束まで変えてしまえば、お客様から見て「何のための店なのか」がわからなくなります。逆に言えば、変えてはいけないものが明確な会社ほど、大胆に変われます。軸があるから、方法を変えても自分を見失わないからです。
鼎泰豐は油屋をやめました。しかし、商人としての誠実さは捨てませんでした。扱う商品は変わった。業態も変わった。国境さえ越えた。それでも「良いものをきちんと届ける」という約束は変わらなかった。その一貫性が、一軒の油屋を世界ブランドへ育てたのです。
商売を続けていれば、変化を迫られる日は必ず来ます。そのとき問うべきなのは、「今までと同じことをどう続けるか」だけではありません。「お客様に提供している本当の価値は何か」「その価値を守るためなら、何を手放せるか」です。経営の本質は、過去の形を守ることではなく、変化の中でも顧客への約束を守り抜くことにあります。
そして鼎泰豐の本当の面白さは、ここから始まります。一軒の繁盛店なら、優れた職人と優れた店主がいればつくれるでしょう。しかし世界中に店を広げながら、同じ品質を守るとなれば話は違います。職人の「このくらい」という感覚を、どうすれば海を越えて再現できるのか。その課題に向き合う大きなきっかけとなったのが、1996年の日本進出でした。次回は、個人の腕を組織の力へ変えた標準化の本質を追います。







