「もっと自分に合う仕事があるのではないか」
「本当にやりたいことは、ほかにあるのではないか」
仕事が思うようにいかないと、そんな考えが頭をよぎります。いまの仕事に胸が躍らない。毎日同じことの繰り返しに感じる。周囲には「好きなことを仕事にしよう」「自分らしく生きよう」という言葉があふれています。それを目にするほど、「自分はまだ本当の仕事に出会えていないのではないか」と不安になる人もいるでしょう。
2026年7月に亡くなった山田五郎さんが、2010年の「不登校新聞」掲載のインタビューで語っていた言葉が心に残ります。編集者として働いていた頃、自分がそれほど興味を持てないテーマでも、仕事なら一生懸命好きになるしかなかった。そこで学んだのは、好きになることは対象の側にあるのではなく、自分の側から働きかけるものだということでした。
取材し、調べ、本腰を入れて好きになろうとすると、それなりに面白い部分が見えてくる。そこには、仕事との付き合い方を変える大切なヒントがあります。やりがいのある仕事がどこかにあるのではありません。目の前の仕事にどう関わるかによって、やりがいは生まれてくるのです。
「もっといい仕事」が自分を苦しめる
山田さんは「やりがいのある仕事を見つけよう」「自分探しをしよう」といった言葉が、人によっては強いプレッシャーになっていると指摘していました。どこかに自分の希望をすべて満たしてくれる仕事があると思えば、目の前の仕事に少し不満があるだけで「これは自分の仕事ではない」と考えはじめます。
けれども、欠点のない仕事などあるでしょうか。好きな仕事にも面倒な作業があります。憧れていた職業にも人間関係があります。自由な仕事には不安定さがあり、安定した仕事には制約があります。店を持てば好きな商品を扱える一方、売上や資金繰り、人の問題から逃れることはできません。仕事とは、良いところだけを選んで引き受けられるものではありません。
ところが「どこかに自分にぴったりの仕事がある」と信じすぎると、不満が生まれるたびに次を探したくなります。店でも同じです。「もっといい立地なら」「もっといい商品があれば」「もっと客層のいい地域なら」と外側に答えを求めはじめます。
もちろん、本当に環境を変えなければならない場合もあります。山田さん自身も「どうしてもダメなとき」はあると認めています。大切なのは、まだよく知らないうちから「向いていない」と決めてしまわないことです。仕事を変える前に、一つだけ問いたいことがあります。「この仕事を、まだ十分に面白くしようとしただろうか」と。
続けるから好きになる
「好きなことを仕事にする」という言葉があります。しかし順番は、それだけではありません。仕事にしたから好きになることもあります。
山田さんが編集者時代に経験したのも、こちらでした。情報誌の編集では、自分の趣味だけを記事にするわけにはいきません。関心の薄い対象でも調べなければならない。取材しなければならない。そこで「好きになる努力」をする。すると最初は興味のなかったものにも、面白さが見えてきます。
商売でも、よく似たことがあります。最初から接客が大好きだった人ばかりではありません。最初はお客様と話すのが苦手だった人が、何年も店頭に立つうちに、人の好みを察する面白さを知ることがあります。数字が苦手だった店主が、毎日売上と粗利益を確認するうちに、数字の裏側にあるお客様の動きが見えてくることもあります。
面白さは、外から与えてもらうものではありません。深く入っていくことで見えてきます。一つの商品について調べる。つくり手に会う。お客様がなぜ買うのかを聞く。売れなかった理由を考える。もっと伝わる売り方を試す。そうすると、昨日までただの商品だったものに物語が生まれます。
仕事も同じです。知らないから面白くない。面白くないから離れる。そこで終われば、いつまでたっても深い面白さには出会えません。好きになる前に、深く知る。深く知るから、好きになる。やりがいは最初からそこに置かれているものではなく、自分が関わった分だけ育っていきます。
「自分らしさ」より目の前の人を見る
「自分らしく働きたい」という言葉も魅力的です。しかし、自分らしさばかりを考えていると、仕事の中心に自分が座ってしまいます。本来、商売の中心にいるのはお客様です。
「自分は何をやりたいのか」も大切ですが、それ以上に「目の前の人は何を必要としているのか」と考える。そこから仕事の意味が生まれることがあります。お客様から「助かった」と言われる。自分が選んだ商品を喜んでもらう。困っていた人の役に立つ。一緒に働く仲間から頼りにされる。そんな経験を重ねているうちに、「この仕事も悪くない」と感じはじめます。
仕事のやりがいとは、自分の内側だけを見つめて掘り当てるものではありません。むしろ人との間に生まれます。自分のしたことが誰かの役に立った。その手応えが「もう少しやってみよう」という力になります。そして、もう少しやるから上手になる。上手になると頼られる。頼られると、さらに仕事が面白くなる。この循環に入れば、仕事は変わります。仕事そのものが変わったのではありません。仕事を見る自分が変わったのです。
「こんなもんだ」から始めてみる
山田さんは、仕事について「もっとやりがいのある仕事を」と考え続けるより、いまの仕事を楽しむ工夫をするほうがいいという趣旨のことを語っています。そして最後には、楽しむことも好きになることも、自分の側から働きかけていくものだと結んでいます。
「こんなもんだ」という言葉は、少し投げやりに聞こえるかもしれません。けれども、これは諦めとは違います。完璧を求めすぎないということです。仕事には嫌なこともある。面倒な人もいる。うまくいかない日もある。それを全部なくしてから楽しく働こうとしたら、いつまでたっても楽しめません。
ならば、不完全なまま始める。「こんなもんだ。でも、ここはもう少し面白くできるかもしれない」。このくらいが、ちょうどいい。売場を一か所変えてみる。いつもと違う言葉でお客様に話しかける。商品について一つ深く調べる。面倒だった仕事をゲームのように早く終わらせる方法を考える。昨日より一つだけ上手にやる。楽しさとは、待っていればやって来る感情ではありません。工夫から生まれる感情です。
今日の仕事を一つだけ面白くする
「天職」という言葉があります。どこかに、自分の才能を完全に生かせて、毎日楽しく、努力するほど評価される仕事が待っている。そんな仕事に出会えたら幸せでしょう。しかし、天職は「見つける」だけではないのかもしれません。目の前の仕事を何年も続け、工夫し、失敗し、人に喜ばれ、技術を磨いているうちに、振り返ればそれが天職になっていた。そんな順番もあります。
だから、今日すぐに仕事を好きになる必要はありません。まず一つだけ、面白くしてみる。「どうしたら、この作業をもっと早くできるだろう」「この商品をもっと魅力的に伝えるにはどうしたらいいだろう」「このお客様を、今日はどう喜ばせよう」「昨日より一つ上手になるとしたら何だろう」。問いを持てば、同じ仕事の景色が変わります。
人間は不思議なもので、自分で工夫を始めた仕事には愛着が湧きます。愛着が湧けば、もっと知りたくなります。もっと知れば、また面白くなる。その先に「やりがい」があります。
やりがいを探して、遠くへ行く前に。自分探しをして、答えが見つからず苦しくなる前に。まず、いま目の前にある仕事を一つだけ面白くしてみませんか。やりがいは、見つけるものではありません。自分の働きかけによって、目の前の仕事の中に育てていくものなのです。







