「商売屋はな、家風呂に入ってるようじゃダメだ。銭湯へ行って、周りの近所の人と裸の付き合いをしなきゃ、商売屋じゃないぞ」
岐阜県大垣市で1919年から続く「おおはし薬局」三代目の大橋則雄社長が、父から教わった商人の心得です。実際、大橋家には内風呂がありませんでした。
当時の共同湯には、近所の人たちがたらい桶を持って集まりました。湯につかりながら交わす何げない会話から、誰が何に困り、街で何が起きているのかを知ります。商いは店の中だけでするものではありません。地域に溶け込み、人とつながることから始まります。
大橋社長は23歳で父を突然亡くし、24歳で経営を背負いました。初代も畳敷きの店で客の話を聞き、薬や養生法を伝える「座売り」をしていたといいます。107年目の今、大橋社長が掲げるのは「最大よりも最良たらん」です。
規模を追わず価値を磨く
同店の強みを象徴するのが、ウサギ印の薬局製剤です。かぜ薬、鼻炎薬、解熱鎮痛薬、胃腸薬、水虫薬などを自店で研究・製造しています。製造は原料を混ぜれば済むものではありません。混ぜる順番や温度管理など、長年の試行錯誤で培ったノウハウが必要です。手間も時間もかかりますが、「一日でも早く治ってほしい」と続けてきました。
大橋社長は、これだけ多くの薬局製剤をつくる店は「日本一だと思う」と胸を張ります。仕入れた同じ商品を並べれば、最後は価格で比較されやすくなります。ならば、自店でしか買えず、使い方まで説明できる商品を持つ。症状を聞き、必要なら医師や専門家につなぐ。店だけで抱え込まず、その人にとって最善の選択肢を示すことも「かかりつけ」の仕事です。薬を売ることより、客の健康を守ることを優先します。その手間と判断が専門店の価値になります。
もう一つの強みは人です。「あの子がいるから買いに来た。今日は休みなら、また明日来る。そう言ってもらえる店員が一番の戦力です」と大橋社長は話します。18歳から30年以上勤める人や、定年後も働く人がいます。商品だけでなく、売る人自身が「この店で買う理由」になります。
小さな店が大きな店と同じ土俵で規模を競っても、勝つのは容易ではありません。だからこそ、比べられない価値を深くします。「最大よりも最良たらん」は、きれいな標語ではありません。商品と人を磨き、地域にとって最良の一店を目指す具体的な経営方針なのです。
店を増やすより役割を増やす
かつては名古屋市内を含め6店舗まで広げました。しかし、テナント料や管理の難しさから撤退しました。大橋社長は「あれは正解だった」と振り返ります。店舗数を増やすことだけが成長ではないと学んだからです。
一方、地域で果たす役割は増やしてきました。約40年前には、薬局とコンビニエンスストアを同じ建物で営業しました。子どもが夜中に熱を出したとき、薬を買いに来た母親がパンやラーメンも一緒に買えれば助かります。そんな生活者の困りごとから生まれた発想でした。
その後、コンビニが社会に定着すると役割を終え、空いた場所にシミュレーションゴルフ練習場とプリント工房を設けました。ゴルフは健康づくりと交流の場になり、印刷設備は地域の店や活動を支えます。一見、薬局とは離れて見えますが、すべて「暮らしの元気を、しっかりサポートする」という目的でつながっています。
さらに、学校薬剤師、犬猫の譲渡活動、ジャズ公演などにも関わっています。薬を買う用事がなくても、音楽があれば街へ出る理由が生まれます。人が集まり、会話が生まれ、ほかの店にも立ち寄ります。父から教わった「近所の人との裸の付き合い」が、時代に合わせて形を変えながら続いているようにも見えます。
大橋社長が専門店として大切にするのは「ありがとうの心」です。客に喜んでもらい、「ありがとう」と言われます。店もまた、支えてくれる客に感謝します。その言葉の往復が店と地域をつないでいきます。
成長とは、店を大きくすることだけではありません。目の前の客にできることを一つ増やし、地域から頼られる理由を一つ増やすことも成長です。人口が減り、大手との規模の差が広がるほど、小さな店に必要なのは「最大」を追うことではありません。「ここがあってよかった」と言われる最良の一店になることです。







