「もっと商品を増やさなくていいのでしょうか?」
講演の後、商店主からよくいただく質問です。人口が減り、客数も減り、競争は激しくなる一方の時代ですから、「あれも売ろう」「これも始めよう」と考えるのは、ごく自然なことでしょう。
しかし、私は「増やす前に、やめることを考えてみませんか」と、いつも同じことをお伝えします。そうすると、決まって驚かれます。それほど、多くの店主は“あれもこれも病”に罹っています。
アップルの共同創業者、スティーブ・ジョブズは、こんな言葉を残しています。
Deciding what not to do is as important as deciding what to do.(何をやらないかを決めることは、何をやるかを決めることと同じくらい重要だ)
この言葉と初めて出会ったとき、私は商人の仕事そのものだと思いました。
商売は足し算では強くならない
売上が落ちると、新しい商品を仕入れます。客数が減ると、イベントを企画します。SNSを始め、ポイントカードをつくり、宅配も始めます。これらは努力です。間違いなく努力です。ところが、その努力が店を苦しくしてしまうことがあります。
商品は増えた。
仕事も増えた。
忙しさも増えた。
しかし、「この店らしさ」が見えなくなってしまった。そんな店を私は何度も見てきました。商売は、足し算だけでは強くなりません。
私は30年以上、全国4000社を超える店を取材してきました。繁盛店には、不思議なくらい共通点があります。それは、「何をするか」より、「何をしないか」が決まっていることです。
東京・西浅草にある料理道具展「飯田屋」は、調理道具なら何でも置く店ではありません。「料理がもっと楽しくなる道具」を選び抜く店です。お客様は、包丁を買いに来るのではありません。料理をもっと好きになるために来店します。だから遠方からも人が集まります。
もし飯田屋が「雑貨も置こう」「食品も売ろう」「家電も置こう」となっていたら、あれほどの存在感は生まれなかったでしょう。引き算が飯田屋の個性を磨いたのです。
「誰にでも」では「誰からも」選ばれない
商売には、少し残酷な法則があります。誰にでも好かれようとすると、誰の心にも残らなくなります。「あの店は何でもある」というのは褒め言葉のようですが、実は「あの店らしさがない」と言われているのと同じことがあります。
一方で、「包丁ならあの店」「お茶ならあの店」「相談ならあの人」と言われる店は、お客様の記憶に残ります。商売は「広げる」ことで強くなるのではありません。尖らせることで強くなるのです。
ジョブズがアップルへ復帰したとき、彼は数多くの商品を残しませんでした。むしろ、徹底的に減らしました。「本当に必要なものだけを残す」という決断が後のアップルの繁栄をつくります。
店も同じです。やめることは、失うことではありません。本当に大切なものを守るための決断です。商品を減らす。仕事を減らす。サービスを減らす。その分だけ、商品の説明が丁寧になります。接客が深くなります。店主の時間に余裕が生まれます。お客様との会話が増えます。
すると、お客様は「この店は違う」と感じ始めるのです。
人口減少時代は、お客様を増やそうと焦る時代ではありません。選ばれる理由を磨く時代です。その理由は「増やすこと」からは生まれません。「やらないこと」を決めることで生まれます。
店の個性とは、足し算でつくられるものではありません。引き算の中から現れてくるものです。ジョブズの言葉は、アップルだけの哲学ではありません。商店街の小さな店にも、そのまま当てはまります。
明日、新しいことを始める前に、一つだけ考えてみてください。「私の店は、何をやめれば、もっと私の店らしくなるだろうか」と。その答えが見つかったとき、お客様は初めて「この店だから来た」と言ってくださるようになるのです。







