笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

「何か意見はありませんか」と社長が尋ねます。会議室が静かになると、社長は数秒も待たずに話し始めます。「やはり今月は販促を強化しよう。若い人向けの商品も増やしたほうがいい」。参加者はうなずき、会議は予定どおりに終わりました。しかし、売場でお客様の変化を感じていた社員も、作業の無駄に気づいていた従業員も、結局は何も話していません。

 

沈黙が生まれると、多くの人は不安になります。話が途切れた、相手が納得していない、自分の説明が足りないと思い、すぐに言葉で埋めようとします。しかし、その沈黙は拒絶ではなく、相手が考え、迷い、言葉を探している時間かもしれません。

 

サンティー・ダコタ族の医師、作家であったチャールズ・A・イーストマンは、1911年の著書『インディアンの魂』で、祖先の礼拝について次のように記しています。

 

「礼拝は沈黙のうちに行われた。すべての言葉は必然的に弱く、不完全だからである」

 

これは本来、祈りについて述べた言葉です。しかし、言葉だけでは人の思いや物事の本質を十分に表せないという教えは、日々の商売にも通じます。よく話すことと、よく伝わることは同じではありません。沈黙を恐れず、相手の言葉が生まれるのを待つことも、経営者や商人に必要な力です。

 

 

沈黙を埋めるほど本音は遠ざかる

 

お客様が商品を手にして迷っているとき、「こちらが一番人気です」「今だけお買い得です」「皆さんこれを選ばれます」と説明を重ねれば、親切に見えるでしょう。けれども、お客様が知りたいのは人気順位ではなく、自分の暮らしに合うかどうかかもしれません。

 

そこで「どのようなことで迷われていますか」と尋ね、答えが返ってくるまで待ってみます。すぐに話さなくても、急かしてはいけません。沈黙の後に「実は母への贈り物で」「以前買ったものが使いにくくて」と本当の事情が語られることがあります。その一言を聞ければ、勧める商品も説明の仕方も変わります。

 

社員との面談も同じです。「何か困っていることはありますか」と聞いた直後に、「忙しいのは皆同じだから」「もう少し頑張ってほしい」と続ければ、相手は話すのをやめます。質問の形を取りながら、実際には答えを求めていないことが伝わるからです。

 

本音は、問いかけだけでは出てきません。「ここでは話しても大丈夫だ」と感じる時間と空気が必要です。沈黙に耐えられない上司の前では、部下は考えを話すより、上司が望む答えを探すようになります。何も言わずに待つことは、相手を放置することではありません。あなたの話を急がずに受け止めますという、無言の約束です。

 

 

聞くとは相手に考える時間を渡すこと

 

聞く力というと、相づちの打ち方や質問の技術が注目されます。しかし、その前に必要なのは、自分が話す時間を減らすことです。相手が話し終わったと思っても、すぐに答えず、心の中で三つ数えてみてください。多くの場合、その後に「それから、もう一つあるのですが」と、大切な話が続きます。

 

次に、聞いた内容を短く確かめます。「価格そのものより、値上げの理由が分からないことが不安なのですね」「仕事量より、急な変更が続くことに困っているのですね」。相手の言葉をそのまま繰り返すのではなく、何に困っているのかを自分なりに整理して返します。違っていれば、相手が訂正してくれます。

 

そして、すぐに解決策を示す前に、もう一つだけ尋ねます。「どうなれば使いやすくなりますか」「一番変えてほしいことは何ですか」「これまでに試したことはありますか」。良い質問は、相手の中にある答えを引き出します。

 

経営者は、答えを求められる立場です。そのため、早く正解を示すことが責任だと思いがちです。しかし、社員が自分で考える前に答えを与え続ければ、社員は指示を待つようになります。あえて沈黙し、問いを返すことが、人を育てます。沈黙は会話の空白ではなく、相手の思考が働く時間なのです。

 

 

今日からつくる三つの沈黙

 

沈黙を仕事に生かすために、特別な訓練は必要ありません。まず一日の中に、三つの小さな沈黙をつくってみてください。

 

一つ目は、お客様に質問した後の沈黙です。答えを誘導せず、説明を足さず、相手が自分の言葉を見つけるまで待ちます。接客だけでなく、電話での問い合わせやクレーム対応にも有効です。相手の話を途中で解釈せず、最後まで聞けば、怒りの奥にある不便や不安が見えてきます。

 

二つ目は、会議で意見が出ないときの沈黙です。質問してから十秒は、自分で答えないと決めます。発言しにくそうなら、先に紙へ書いてもらう方法もあります。声の大きい人だけでなく、よく観察している人の知恵を引き出すことができます。

 

三つ目は、自分一人になる沈黙です。閉店後や仕事の始まる前に、スマートフォンを置き、五分だけ何もしない時間を持ちます。「今日、誰の話を遮ったか」「聞いたつもりで決めつけたことはなかったか」「言葉にならない違和感は何か」と振り返ります。静かな時間は、忙しさの中で見失ったものを取り戻します。

 

もちろん、黙っていればすべてが解決するわけではありません。説明すべきことを説明せず、判断を先送りする沈黙は無責任です。必要なのは、話すべきときに話し、待つべきときに待つことです。

 

言葉は相手を動かします。しかし、沈黙は相手が自ら動き出す余地をつくります。今日、誰かに問いかけたら、いつもより少し長く待ってみてください。そこで生まれる一言が、お客様の本当の願いや、社員が抱えていた問題を教えてくれるかもしれません。

 

話す力は、言葉の多さでは決まりません。相手の言葉が生まれるまで待てる人こそ、本当に伝える力を持っています。

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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