最後の仕事にも、山田五郎さんらしさがありました。酸素チューブをつけ、立って歩くことも、食べることも難しい。それでもカメラの前に姿を見せ、闘病中に書き上げた新著『光の西洋絵画史』を紹介してくれました。
病状を隠すわけでも、必要以上に悲壮感を漂わせるわけでもありません。弱った自分をそのまま見せ、それでも、いま伝えられることを伝える姿に、私なら同じことができるだろうかと思わざるを得ません。
2026年7月14日、山田五郎さんは67歳で亡くなりました。その死を惜しみながら仕事を振り返ると、あらためて気づかされます。山田さんが私たちに遺したのは、膨大な知識だけではありませんでした。世界は知れば知るほど面白くなる――その実感を教えてくださったのです。
知識を人を近づける力にした
山田さんは講談社に入社し、私の世代にとってはマガジンハウスの「popeye」と並んでバイブルであった「Hot-Dog PRESS」編集長などを務めました。独立後は編集者、評論家、コラムニストとして、美術、時計、ファッション、建築、街など、幅広い分野で仕事を続けました。
テレビでは「タモリ倶楽部」や「出没!アド街ック天国」に出演し、独特の語り口で存在感を示しました。博識でありながら、知識を振りかざさず、むしろ自分が知っていることを材料にして、相手が話に入ってこられる入口をつくるーーそこに編集者としての力がありました。
知識は人を感心させるために使えば、壁になります。しかし、知らなかった世界へ人を案内するために使えば、扉になります。山田さんは知識を壁ではなく、扉に変えた人でした。
2021年に始まったYouTube番組「山田五郎 オトナの教養講座」では、西洋美術を、専門知識のない人にも届く言葉で語りました。画家の名前や制作年を並べるだけではありません。
なぜ、この人物が描かれているのか。なぜ、この表情なのか。誰が注文し、画家は何を描こうとしたのか。宗教や権力の話だけでなく、嫉妬、欲望、貧困、失敗といった人間臭い事情まで掘り下げました。
すると、何百年も前の絵が急に私たちの近くへやってきます。立派な芸術作品として遠巻きに眺めていたものが、人間の弱さや可笑しさを描いた身近な物語に変わるのです。
難しいことを簡単にしすぎず、わかりやすくする。真面目な話に少しの毒と笑いを加える。知らない人を恥じさせず、「もう少し知りたい」と思わせる。それは知識人の技術である以上に、編集者の仕事でした。山田さんは情報を伝えていたのではありません。知ることの楽しさを編集していたのです。
面白いものを探すのではない
私自身も生業として携わった「編集者」という仕事は、自分の好きなものだけを扱えるわけではありません。よく知らない分野も、興味を持てないテーマも、読者に届けるためには調べなければならない。話を聞き、資料を読み、その対象「のどこに価値があるのかを考えなければなりません。
山田さんは興味のないものに背を向けるのではなく、なぜ誰かがそれを好きなのかを考えました。どこが面白いのか。何が人を夢中にさせるのか。どのような歴史や技術が隠れているのか。入り口を探し、対象の奥へ入っていく。そうすれば、それまで関心のなかったものが、もっと知りたいものに変わっていきます。
これは私たちの仕事にも当てはまります。「好きな仕事が見つからない」と悩む人は少なくありません。しかし、好きな仕事を探す道だけでなく、目の前の仕事を深く知ることで、好きになっていく道もあります。
商品も、店も、街も、人も、表面だけを見ればありふれて見えます。けれども、なぜ生まれたのか。誰が支えてきたのか。どのような工夫が込められているのか。そこまで踏み込めば、見慣れたもののなかから物語が立ち上がってきます。
面白いものだけが世の中に用意されているのではありません。面白さは、深く見ようとする人の前に現れるのです。山田さんは一つの作品を通して、その見方を教えてくれました。
病人ではなく最後まで仕事人だった
山田さんは2024年10月、原発不明がんであることを公表しました。それ以降、病状は厳しさを増していきました。できなくなることも増えていったはずです。
歩けない。食べられない。長く話せない。自由に出かけられない。できなくなったことだけを数えれば、人生は失われていく一方に見えます。しかし、山田さんはできなくなったことを嘆くだけの人にはなりませんでした。
いまの体で書けるものを書く。話せるときに話す。知っていることを、次の人へ渡す。闘病中に書き上げた『光の西洋絵画史』全5巻も、聖書を主題とする西洋絵画を、初めて触れる人にもわかるように案内する仕事でした。
亡くなる直前まで、山田さんがしていたことは変わりません。知られていないことを見つける。難しいことを整理する。伝わる言葉に置き換える。そこに少しの面白さを加える。最後まで編集者だったのです。
ここを、単純な美談にしてはなりません。無理をして働き続けることが尊いのではありません。休むことも、治療を受けることも、人に支えてもらうことも、生きることです。そのうえで、自分に残された力をできることに使うところに山田さんの真価があります。
一本の動画に出る。一冊の本を書き上げる。知ったことを誰かに伝える。仕事の大きさは問題ではありません。その人にしかできないことを、その人が今日行う。そこに仕事の尊さがあります。
受け取った人の目は閉じない
私たちは、明日も今日と同じように過ごせると、つい思ってしまいます。そして、「いつかやろう」「もう少し準備ができてから始めよう」と、今日を先送りします。しかし、人生は「いつか」のなかにはありません。
今日、何に心を動かすのか。何を深く知ろうとするのか。誰に何を伝えるのか。人生はその積み重ねのなかにあります。
山田五郎さんは、最後まで世界を面白がりました。そして、自分が見つけた面白さを独り占めせず、私たちに手渡してくれました。山田さんの動画を見て、初めて美術館へ足を運んだ人もいるでしょう。絵の見方が変わった人も、街角の古い建物に足を止めるようになった人もいるでしょう。
人は亡くなります。しかし、その人によって開かれた目はすぐには閉じません。受け取った知識も、問いも、好奇心も、その人のなかで生き続けます。
私たちにも、まだ見ていないものがあります。まだ聞いていない話があります。まだ伝えていない言葉があります。だから今日、目の前の仕事をもう少し深く見てみたい。目の前の人の話をもう少し丁寧に聞いてみたい。そして、自分が見つけた面白さを誰かに手渡してみたいのです。
精いっぱいに活きるとは、長く生きることではありません。今日の自分に残された力を、今日誰かのために使うことです。世界は、知れば知るほど面白いのです。
山田五郎さんは、そのことを最後まで仕事で示しました。たくさんの知る喜びを、ありがとうございました。心よりご冥福をお祈りいたします。







