笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

家族経営で大切なこと

閉店後の店内で親子が向かい合っていました。売場の灯りは落とされ、レジの締めも終わっています。けれども、その日の仕事はまだ終わっていませんでした。

 

「なぜ言ったとおりにやらないんだ」
「言われたとおりにしていたら新しいお客様は来ません」

 

こんな言い合いが続いています。親は店を守ってきた自負があります。子にはこれからの店を変えたい思いがあります。どちらも店のことを考えています。けれども言葉はすれ違い、いつの間にか商売の話が親子のけんかになっていきます。

 

家族経営の店には大きな強みがあります。互いをよく知っている。急なことにも助け合える。店の歴史やお客様のことを家族で共有できる。お金の苦しい時期も忙しい時期も、家族だからこそ乗り越えられる場面があります。

 

一方で、家族だから難しいこともあります。親子、夫婦、兄弟姉妹という関係が、経営者、従業員、後継者という関係と重なります。店で言われたひと言が家庭の食卓まで持ち込まれます。賃金、権限、相続、将来の方針が感情と結びついてしまいます。

 

家族経営はあたたかいものです。しかし、あいまいなまま続ければ家族を傷つけることがあります。店を守るために家族を壊してしまっては本末転倒です。家族経営を続けるには、家族だからこそ分けて考えるべきことがあります。

 

 

 

家族だからこそ言葉にする

 

家族経営で最も起こりやすい問題は「言わなくてもわかるはず」という思い込みです。親だからわかる。子だからわかる。夫婦だからわかる。長年一緒にいるのだからわかる。そう考えて大切なことほど言葉にしないまま進めてしまいます。

 

けれども家族であっても考えていることは違います。店主は長年のお客様を失いたくないと思っているかもしれません。後継者は新しい客層を増やさなければ店が続かないと感じているかもしれません。配偶者は売上よりも店主の体を心配しているかもしれません。兄弟の一人は店に関わっていなくても、将来の相続に不安を持っているかもしれません。

 

それぞれの思いがあるのに話し合わない。すると小さな不満が積もっていきます。「自分ばかりが店に縛られている」「なぜ自分の意見は聞かれないのか」「家族だから無償で手伝うのが当然なのか」といった思いは、ある日突然強い言葉になって表れます。

 

家族経営では感謝も不満も言葉にしなければなりません。手伝ってくれたなら家族であっても「ありがとう」と伝えましょう。負担が重いなら「今のままでは続けられない」と話しましょう。店の将来をどう考えているのかきちんと共有しましょう。言葉にすることは他人行儀になることではありません。むしろ家族を大切にするために必要な礼儀です。

 

お客様には丁寧に説明するのに、家族には説明しない。取引先とは条件を確認するのに、家族とは確認しない。それでは、最も近くで支えている人を粗末にしてしまいます。家族だからこそわかっているはずで済ませてはいけない。家族だからこそ丁寧に言葉を交わす。その積み重ねが店と家庭の両方を守ります。

 

 

 

賃金と権限をあいまいにしない

 

家族経営では、お金と権限の問題を避けて通れません。家族だから、少しくらい給料が少なくても我慢してくれる。家族だから、忙しいときは当然手伝ってくれる。家族だから、正式な役職がなくても動いてくれる。そうした考えが続くと、感謝ではなく我慢で店が回るようになります。

 

家族であっても、働いているなら仕事です。時間を使い、責任を負い、店を支えているなら、その働きに見合う扱いが必要です。賃金をいくらにするのか。どこまでが仕事で、どこからが家族としての手伝いなのか。休みはどうするのか。決めるべきことを決めずにいると、不満は少しずつ深くなります。

 

権限も同じです。後継者に任せたと言いながら、値決め、仕入れ、売場づくり、採用のすべてに先代が口を出す。配偶者が実務を支えているのに、経営の話し合いには入れない。兄弟で働いているのに、誰が何を決めるのかが決まっていない。これでは責任だけが重くなり、やりがいは失われます。

 

人は責任だけを負わされると疲れます。責任に見合う権限があって初めて力を発揮できます。店主は何を決めるのか。後継者はどこまで任されるのか。配偶者や兄弟姉妹はどの仕事を担うのか。経理、接客、仕入れ、販促、人事などを、感覚ではなく言葉で整理することです。

 

家族だけで決めにくいことは、税理士、社会保険労務士、金融機関、商工団体など外部の人に入ってもらうことも有効です。第三者が入ることで感情のぶつかり合いになりにくくなります。家族経営を冷たい仕組みにする必要はありません。

 

けれども、あたたかさだけに頼ってはいけません。家族の信頼を守るためにこそ、賃金と権限をあいまいにしないことが必要なのです。

 

 

 

店を続ける前に家族の未来を考える

 

店を続けることは大切です。長年のお客様がいます。地域に必要とされている役割があります。先代から受け継いだ歴史もあるでしょう。しかし、店を続けることだけが目的になってしまうと、家族の未来が見えなくなることがあります。

 

後継者は本当に継ぎたいのか。配偶者はこの働き方を続けられるのか。兄弟姉妹は納得しているのか。店主自身は何歳まで現場に立つのか。建物や土地、借入金、在庫、設備は将来どうするのか。こうした問いを先送りすると、いつか家族の問題として噴き出します。

 

特に事業承継や相続は、元気なうちに話しておくべきことです。まだ早いと思っているうちに体調を崩すことがあります。突然、判断できない状況になることもあります。そのとき残された家族が困るのです。

 

家族経営で大切なのは、店を誰が継ぐかだけではありません。継がない人も含めて、家族が納得できる形を考えることです。店を残すのか。形を変えるのか。誰かに譲るのか。閉じる準備をするのか。その選択を家族の人生と切り離して考えてはいけません。

 

店は家族の誇りになります。けれども話し合いのない店は、家族の重荷にもなります。親が守ってきた店を、子が苦しみながら背負う。夫婦の一方が疲れ切っているのに、もう一方が気づかない。兄弟の間に言えなかった不満が残る。そうなってからでは、店も家族も傷つきます。

 

家族経営で家族を壊さないためには、店の未来と同じくらい、家族一人ひとりの未来を考えることです。この店を続けることで誰が幸せになるのか。誰か一人に無理が集中していないか。感謝と責任が釣り合っているか。家族だから支え合える。家族だから踏ん張れる。それは家族経営の強さです。しかし、家族だから何をしてもよいわけではありません。

 

商売は人を幸せにするためにあります。その人にはお客様も、従業員も、店主自身も、そして家族も含まれます。今日、店のことを家族と話してみてください。売上の話だけでなく、これからどう働きたいのか、何に不安を感じているのか、どんな店なら誇りを持てるのかを聞いてみるのです。

 

家族経営の本当の力は、家族が我慢することではありません。家族が互いの人生を大切にしながら、商いを支え合えることです。店の灯りが、家族の心まで暗くしてはいけません。その灯りが家族の未来をあたたかく照らしているか。そこを確かめながら進む店こそ、長く愛される店になるのです。

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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