笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

奨めることをためらうあなたへ

売ることは悪いことですか?

 

 

ある店の従業員から、こんな質問を受けました。商品を奨めると、押し売りのように思われるのではないか。お客様に嫌がられるのではないか。だから、声をかけるのをためらってしまう。結局、お客様が自分で選ぶのを待つだけになってしまう。こう本人は悩んでいました。

 

やさしい人です。お客様の気持ちを大切にしたいと思っています。けれども、そのやさしさが、かえって接客を消極的にしていました。この悩みは、多くの売場で起きています。なぜなら、売ることを「相手に買わせること」と考えてしまうからです。

 

たしかに、しつこく奨めることはよい接客ではありません。お客様の都合を考えず、店の売上だけを優先すれば、それは押し売りになります。しかし、売ることそのものが悪いわけではありません。お客様が求めているのは、放っておかれることではありません。自分では気づかなかった選択肢を教えてくれることです。迷っている背中を、そっと押してくれることです。そして、買ったあとに「奨めてもらってよかった」と思える納得です。

 

 

売ることは押しつけではなく役立つこと

 

売ることに苦手意識を持つ人は、商品を奨めることを押しつけだと思いがちです。しかし、本来の販売は押しつけではありません。お客様の役に立つ提案です。

 

たとえば、雨の日に靴を買いに来たお客様がいたとします。ただ希望された靴を差し出すだけなら、作業です。けれども、その靴が雨に弱い素材であれば、ひと言添える必要があります。「今日のような雨の日に履かれることが多いようでしたら、こちらのほうが扱いやすいと思います」。このひと言は押し売りでしょうか。そうではありません。お客様の失敗を防ぐための提案です。

 

お客様は、すべてを知って買い物に来るわけではありません。商品の違いも、使い方も、長く使うための注意点も、わからないことがあります。だからこそ、売場に人がいる意味があります。商品知識は、お客様を説得するためにあるのではありません。お客様がよりよい選択をするためにあります。販売する人の言葉が、お客様の不安を小さくし、納得を大きくします。

 

「こちらもあります」と言うだけでは足りません。「お客様には、こちらのほうが合うと思います」と伝えるところに、商人の仕事があります。

 

奨めないことも不親切になる

 

売ることを遠慮しすぎると、接客は安全に見えます。余計なことを言わなければ、嫌われない。強く奨めなければ、失敗もしない。そう考える気持ちはわかります。しかし、何も奨めないことが、いつも親切とは限りません。

 

お客様が迷っているのに黙っている。明らかに用途に合わない商品を選びそうなのに、何も言わない。もっと合う商品があるとわかっているのに、聞かれなかったから伝えない。それは、店員としては楽かもしれません。けれども、お客様のためになっているでしょうか。売場には、伝えなければ届かない価値があります。使ってみてわかるよさ。作り手の工夫。価格の理由。長く使うための知恵。贈る相手に喜ばれる理由。そうした価値は、商品だけを見ても伝わらないことがあります。

 

奨めるとはとは、買わせることではありません。選べるようにすることです。もちろん、お客様の様子を見ることは大切です。急いでいる人に長い説明は不要です。ひとりで見たい人に何度も声をかければ迷惑になります。けれども、お客様が迷っているとき、困っているとき、決めきれずにいるときには、販売する人のひと言が助けになります。

 

「よろしければ、選ぶポイントだけお伝えしましょうか」。このひと言なら、お客様は断ることもできます。聞くこともできます。主導権はお客様にあります。だから安心してもらえます。売る勇気とは、強く押す勇気ではありません。お客様のために、必要なことを伝える勇気です。

 

 

売れる人はお客様の未来を見ている

 

では、どうすれば売ることへの迷いを越えられるのでしょうか。

 

第一歩は、目の前の売上ではなく、お客様の買ったあとの姿を見ることです。その商品を使う場面を思い浮かべる。贈られた人の表情を想像する。使い続けたときの満足を考える。困りごとが解決したあとの安心を思う。そこまで見ることができると、販売の言葉は変わります。

 

「売りたいからすすめる」のではありません。「役に立つと思うから伝える」のです。この違いは、お客様に必ず伝わります。売上のための言葉は軽く響きます。お客様の未来を思う言葉は、短くても心に届きます。

 

売れる人は、話がうまい人とは限りません。押しの強い人でもありません。お客様の今だけでなく、その先を見ている人です。買ったあとに困らないか。ちゃんと使えるか。喜んでもらえるか。また相談したいと思ってもらえるか。そこに心を向けています。

 

商売において、売ることは避けて通れません。売上がなければ、店は続きません。利益がなければ、商品も人も守れません。だからこそ、売ることを恥じる必要はありません。ただし、何のために売るのかを忘れてはいけません。お客様からお金をいただくということは、その分だけ責任を引き受けることです。期待に応えることです。買う前よりも、少しでもよい気持ちになっていただくことです。

 

「売ることは悪いことですか」と悩む人は、すでに大切な感性を持っています。お客様を傷つけたくない。嫌な思いをさせたくない。その気持ちは、商人にとって大事な土台です。けれども、そこで立ち止まってはいけません。

 

次にお客様の前に立つとき、こう問いかけてみてください。

 

「この商品は、このお客様のどんな役に立つだろうか」

 

その答えが見えたなら、ためらわずに伝えてください。売ることは悪いことではありません。お客様の暮らしをよくするために、価値を届けることです。その一歩を踏み出したとき、販売は作業ではなくなります。商人としての仕事になります。

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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