丁寧に接客しているつもりなのに、なぜ売れないのでしょうか?
ある店の従業員から、こんな質問を受けました。言葉遣いには気をつけている。笑顔も心がけている。失礼のない対応もしている。それなのに、思うように商品が売れない。お客様との距離も縮まらない。こう本人は悩んでいました。
まじめな人です。努力もしています。けれども、どこか手応えがないのです。この悩みは、接客の本質を考えるうえで大切です。なぜなら、よい接客とは、単に丁寧な接客のことではないからです。
丁寧であることは大切です。言葉遣いも、表情も、身だしなみも、所作も、すべて店の印象をつくります。しかし、それだけでお客様の心は動きません。
お客様が求めているのは、失礼のない対応だけではありません。自分の困りごとに気づいてくれることです。自分に合った商品を一緒に考えてくれることです。そして、買ったあとに「この店で買ってよかった」と思える安心です。
接客は礼儀ではなく役立つこと
接客を礼儀作法だけで考えると、どうしても表面的になります。「いらっしゃいませ」と言う。「少々お待ちください」と言う。「ありがとうございました」と言う。もちろん、どれも必要です。けれども、それは接客の入口にすぎません。本当に大切なのは、その言葉の奥に「あなたの役に立ちたい」という気持ちがあるかどうかです。
たとえば、お客様が商品棚の前で迷っているとします。ただ「何かお探しですか」と声をかけるだけなら、よくある接客です。けれども、よい接客はそこから一歩進みます。
お客様は何を迷っているのか。価格なのか。サイズなのか。使い方なのか。贈り物なのか。自分用なのか。今日必要なのか。少し先の予定に備えているのか。その背景を知ろうとするところから、お客様の心を打つ接客は始まります。
お客様は商品そのものを買っているようで、じつは「自分に合うかどうか」という納得を探しています。だから接客する人は、商品の説明者である前に、お客様の不安を取り除く案内人でなければなりません。
商品知識を覚えることは大切です。しかし、知識をただ並べるだけでは売れません。大切なのは、その知識をお客様の暮らしに結びつけることです。「この商品は人気です」よりも、「お客様の使い方でしたら、こちらのほうが長く使いやすいと思います」のほうが心に届きます。「こちらのほうが高級です」よりも、「贈り物でしたら、開けたときに華やかさが伝わります」のほうが選ぶ理由になります。
よい接客とは、覚えたことを話すことではありません。お客様の事情に合わせて、役に立つ言葉に変えることです。
売ろうとするほど売れなくなる
売れないとき、従業員は焦ります。店長も売上を気にします。会社も数字を求めます。すると接客の目的が「売ること」だけに偏っていきます。しかし不思議なことに、売ろうとするほど売れなくなることがあります。
お客様は敏感です。目の前の人が自分のためにすすめてくれているのか、それとも売上のためにすすめているのかを感じ取ります。言葉では隠せても、態度に出ます。間に出ます。目線に出ます。
もちろん、商売ですから売ることは大切です。売上がなければ店は続きません。利益がなければ、よい商品も、よいサービスも、よい職場も守れません。けれども、商売で本当に強い店は、売ることだけを見ていません。お客様にとってよい買い物になるかを見ています。
売ることを目的にすると、目の前の商品を買ってもらうことだけを考えます。役に立つことを目的にすると、お客様が納得して選ぶことを考えます。前者は一回の売上で終わります。後者は次の来店につながります。
よい接客とは、今この場で買わせる技術ではありません。お客様がまた来たくなる理由をつくる仕事です。だから、ときには「今日は買わなくても大丈夫です」と伝える勇気も必要です。別の商品をすすめることもあります。場合によっては、他店や別の方法を案内することもあるでしょう。
一見すると損に見えます。しかし、お客様はその誠実さを覚えています。「あの人は無理に売らなかった」「あの店は自分のことを考えてくれた」「次に困ったら、また相談しよう」。そう思っていただければ、それは大きな財産です。
接客は売上をつくる仕事であると同時に、信頼を積み立てる仕事でもあります。
よい接客はお客様をよく見ることから始まる
では、よい接客を身につけるには、何から始めればよいのでしょうか。第一歩は、お客様をよく見ることです。見るとは、じろじろ観察することではありません。お客様の様子に関心を持つことです。
急いでいるのか。ゆっくり見たいのか。誰かへの贈り物を探しているのか。初めて来店した方なのか。いつもの商品を買いに来た常連さんなのか。少し困った顔をしているのか。声をかけてほしそうなのか。今はそっとしておいてほしそうなのか。
お客様の表情、動き、手に取る商品、立ち止まる場所。その一つひとつに、接客の手がかりがあります。よい接客をする人は、話す前によく見ています。そして、声をかける前に考えています。
「このお客様はいま、何に困っているのだろう」「どんな言葉なら安心してもらえるだろう」「どこまで説明すれば選びやすくなるだろう」。そうした小さな問いを持つだけで、接客は変わります。
接客が苦手な人は、うまく話そうとしすぎます。しかし、お客様に必要なのは流ちょうな説明ではありません。自分のことをわかろうとしてくれる姿勢です。少しくらい言葉がつたなくてもかまいません。商品説明に完璧さがなくても、学べばよいのです。
大事なのは、お客様に向き合う気持ちを失わないことです。お客様は接客する人の心の向きを感じています。自分を見てくれているか。自分の話を聞いてくれているか。自分に合うものを考えてくれているか。そこに信頼が生まれます。
よい接客とは特別な才能ではありません。派手な話術でもありません。お客様の役に立ちたいと願い、そのために見て、聞いて、考えて、伝えることです。その積み重ねが、やがて店の力になります。「丁寧に接客しているのに売れない」と悩む人は、すでに大切な入口に立っています。悩むということは、もっとよくなりたいと思っている証拠です。
次にお客様の前に立つとき、こう問いかけてみてください。
「私はこのお客様の何の役に立てるだろうか」
その問いを持った瞬間、接客は作業ではなくなります。商人としての仕事になります。







