笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

商店街は誰のためのものか

「商店街を活性化しなければならない」

 

全国各地で、繰り返し語られてきた言葉です。イベントを開く。空き店舗に新しい店を誘致する。街路灯やアーケードを整備する。商品券を発行する。ホームページや地図をつくる。商店街の人たちは、地域を盛り上げようと懸命に取り組んでいます。それでも、思うように来街者が増えない。イベントの日はにぎわっても、翌日にはいつもの静けさに戻る。新しい店が開いても、数年で閉じてしまう。そのとき、もう一度問い直す必要があります。

 

商店街は、誰のためにあるのでしょうか。店を営む商店主のためでしょうか。買い物をする住民のためでしょうか。観光客や来街者のためでしょうか。行政や地域団体のためでしょうか。どれか一つではありません。商店街とは、異なる人たちがそれぞれの目的を持ちながら、同じ場所を使い、支え合う場です。だからこそ、誰のためにあるのかを曖昧にしたままでは、進む方向を決めることができません。

 

 

商店主だけのものではない

 

商店街という言葉には「商店」が入っています。そのため、商店街は商店主のための組織であり、売上を増やすために活動するものだと考えられがちです。もちろん、商店が繁盛しなければ商店街は存続できません。

 

売上が上がらず、利益が残らず、店主が生活できなければ、店は閉じてしまいます。一軒、また一軒と店がなくなれば商店街としての力も失われます。商店主の利益を守ることは、決して間違いではありません。しかし、商店主の都合だけを優先すると、商店街は地域から離れていきます。

 

店の前に荷物や自転車が置かれ、歩きにくくなっている。古い看板や壊れた設備が放置されている。営業時間や定休日がわかりにくい。初めて来た人には、どこに何があるか伝わらない。商店主同士の事情が優先され、利用する人の不便が後回しになる。これらは、商店主にとっては毎日見慣れた風景です。

 

けれども、住民や来街者から見れば、「入りにくい」「歩きにくい」「使いにくい」と感じるかもしれません。商店街は、店舗が集まっているだけでは成立しません。そこを歩く人、買い物をする人、通勤や通学で通る人、近くで暮らす人がいて、初めて地域の商店街になります。

 

商店街は、商店主の所有物ではありません。店が営業する私的な空間と、人々が行き交う公共的な空間が重なった場所です。商店主のためにあると同時に、地域で暮らす人のためにもある。その認識が商店街づくりの出発点です。

 

 

住民が求めているのはにぎわいだけではない

 

商店街活性化というと、「人を集めること」が目標になりがちです。通行量を増やす。イベントの参加者を増やす。観光客を呼び込む。人が集まり、通りがにぎわうことは大切です。しかし、地域住民が商店街に求めているのは、華やかなイベントだけではありません。

 

毎日の食事に必要なものが買える。体調が悪いとき、相談できる薬局がある。壊れた靴や鞄を直してもらえる。子どもを安心して歩かせられる。高齢者が途中で休める場所がある。顔を知る店主が、挨拶をしてくれる。こうした暮らしに必要な機能が身近にあること。それが住民にとっての商店街の価値です。

 

祭りの日に一万人を集めても、翌日に地域の人が牛乳一本を買えなければ、暮らしを支える商店街とは言えません。大勢の来街者を呼ぶことと、日常の利用者を大切にすることは同じではありません。むしろ商店街の土台となるのは、日々そこを使う人たちです。

 

通勤途中にパンを買う人。毎週、同じ美容室に通う人。店主との会話を楽しみにしている高齢者。学校帰りに文房具を買う子ども。一人ひとりの小さな利用が積み重なり、商店街の日常を支えています。

 

活性化とは、派手な催しを増やすことだけではありません。地域の人が「ここがあるから暮らしやすい」と感じる場をつくることです。そのためには、住民が何に困っているのかを聞かなければなりません。

 

買い物できる店が足りないのか。休める場所がないのか。夜道が暗いのか。子育て中の人が立ち寄りにくいのか。高齢者が商品を持ち帰れないのか。商店街の課題は、商店主の会議だけではわかりません。使う人の声に耳を傾けて、初めて見えてきます。

 

 

店を利用しない人も商店街の一員である

 

商店街を歩く人が必ず買い物をするとは限りません。通勤や通学で通り過ぎる人。散歩をする人。ベンチで休む人。祭りや催しに参加する人。街路灯の明かりに安心する人。店を利用していなくても、その人たちは商店街と関わっています。

 

ところが、商店街活動では、商品を買う人だけを「お客様」と見てしまうことがあります。買わない人は関係がない。組合に入っていない店は対象外である。商売に直接つながらない活動は意味がない。そう考えると、商店街の可能性は狭くなります。

 

今日買わない人が、明日のお客様になるかもしれません。子どものころに商店街で遊んだ人が、大人になって戻ってくるかもしれません。散歩をしている人が、家族や友人に店を紹介してくれるかもしれません。何より、人が安心して歩き、立ち止まり、時間を過ごせる場所には、自然と人の気配が生まれます。

 

人の気配がある通りは、安全になります。会話が生まれます。店にも入りやすくなります。直接的な売上につながらない人も含めて、商店街を使う人すべてを迎える。その姿勢が、長い目で見れば商店街の価値を高めます。

 

店の前の一メートルを掃除する。通りやすいように商品や自転車を整える。座れる場所をつくる。道を尋ねられたら、丁寧に案内する。子どもたちに挨拶をする。これらは、一つひとつは小さなことです。

 

しかし、それらは「ここにいてもよい」と人に伝える行為です。買う人だけでなく、通る人、休む人、暮らす人を迎える。商店街には、そのような公共性が求められます。

 

 

行政のための事業になっていないか

 

商店街には、行政や商工団体からさまざまな支援があります。補助金を活用して、イベントを行う。街路灯を整備する。空き店舗対策に取り組む。デジタル化や情報発信を進める。こうした支援制度は、商店街にとって大きな力になります。

 

しかし、注意しなければならないことがあります。補助金を使うこと自体が目的になっていないか、ということです。制度の募集があるからイベントを行う。予算が付くから設備をつくる。事業報告に必要だから参加者を集める。それでは、誰のための取り組みかがわからなくなります。

 

事業が終われば活動も終わり、設備は使われず、報告書だけが残る。そうした例は、決して少なくありません。行政の求める形式を整えることは必要です。しかし、商店街の活動は、行政に評価してもらうために行うものではありません。地域の暮らしをよくし、店が商売を続けられるようにするために行うものです。

 

補助金は目的ではなく、手段です。まず地域の課題があり、商店街として実現したい未来がある。そのために必要なら制度を活用する。この順番を間違えてはいけません。

 

「補助金が終わった後も続けられるか」
「地域の人が本当に必要としているか」
「個店の商売にどう結びつくのか」

 

事業を始める前に、この三つを問い直すことが必要です。行政に提出する計画書よりも大切なのは、地域の人に説明できる言葉です。「なぜ、この事業をするのですか」と尋ねられたとき、「補助金があるからです」ではなく、「この地域に、こういう場所が必要だからです」と答えられること。そこに、商店街活動の意志があります。

 

 

所有する人と商売する人は違う

 

商店街の難しさの一つに、土地や建物の所有者と、そこで商売をする人が同じとは限らないことがあります。店を閉めても、建物は所有したまま。貸したいが、条件が合わない。将来使うかもしれないので、そのままにしている。家賃を下げるより、空けておくほうを選ぶ。そうして空き店舗が増えていきます。

 

一方で、新しく商売を始めたい人がいても、物件を借りられない。改装費が高い。所有者の理解を得られない。商店主は店を営む立場から考え、地権者は資産を守る立場から考えます。どちらにも事情があります。しかし、個々の権利だけが優先されれば、通り全体の価値が下がることがあります。

 

一軒の空き店舗は、所有者だけの問題ではありません。暗い店先が増える。人通りが減る。隣の店にも入りにくくなる。地域全体の印象が悪くなる。空き店舗は、商店街全体に影響します。

 

だからといって、所有者に一方的な負担を求めても、解決しません。必要なのは、商店主、地権者、住民、行政、新規出店者が地域の将来像を共有することです。この通りを、10年後にどのような場所にしたいのか。どのような店や機能が必要なのか。どのような人に来てほしいのか。

 

こうした個別の利害を超えて話し合う場がなければ、商店街は一つの方向へ進めません。商店街は、店を持つ人だけのものでも、店を借りる人だけのものでもありません。地域の価値を共有する人たちが、共に育てる場所なのです。

 

 

内輪の論理を外から見直す

 

商店街の会議では、さまざまな事情が語られます。「あの店は組合に入っていない」「以前から、このやり方で続けてきた」「うちの店には関係がない」「一部の人だけが得をするのは困る」など、どれも当事者にとっては切実な問題です。

 

しかし、地域住民や来街者には、商店街内部の事情はわかりません。組合員の店かどうかにかかわらず、同じ通りにあれば一つの商店街に見えます。一軒の店の接客が悪ければ、商店街全体の印象になります。一部の場所が汚れていれば、通り全体が手入れされていないと感じられます。営業時間がばらばらで閉店が多ければ、商店街には店がないと思われます。

 

内側では別々でも、外からは一つに見えるのです。だから、商店街の活動は内部の公平だけでは決められません。利用する人にとってわかりやすいか。歩きやすいか。入りやすいか。また来たいと思えるか。外からの視点を持つことが必要です。

 

公平とは、全員が同じことをすることではありません。店ごとに業種も規模も事情も違います。全店が同じ負担をし、同じ成果を得ることはできません。大切なのは、それぞれができる形で、通り全体の価値を高めることです。

 

飲食店は、まち歩きの休憩場所になる。小売店は、地域の商品や情報を紹介する。サービス業は、暮らしの相談に応じる。空き店舗は、催事や交流の場として活用する。役割は違っても、目指す未来を共有することはできます。

 

「自分の店に何の得があるか」だけでなく、「この通りがよくなるために、自分の店に何ができるか」と問い直す。そこから、商店街は単なる商店の集合体を超えていきます。

 

 

若い人だけに未来を任せない

 

商店街の将来を語るとき、よく聞かれる言葉があります。「若い人に任せよう」「若い店主が頑張ってくれればよい」「新しい人に入ってもらわなければならない」というように、確かに次の世代の力は欠かせません。新しい感覚や技術、発想を持つ人が加わることで、商店街は変わります。

 

しかし、「若い人に任せる」という言葉が責任を手放すために使われてはいないでしょうか。長く商売をしてきた人には、地域の歴史、人間関係、商売の知恵があります。若い人には、新しい発想、行動力、デジタル技術があります。どちらか一方だけでは、地域の未来はつくれません。

 

古い人が席を譲るだけでも、新しい人が過去を否定するだけでも、商店街は続きません。必要なのは、役割を分け、互いの強みを生かすことです。経験のある人は、地域とのつながりや商売の知恵を伝える。若い人は、新しい企画や発信方法を提案する。外から来た人は、地域の人が気づかない魅力を見つける。住民は、利用者として率直な意見を伝えるのです。

 

世代や立場の違う人が、同じ場所の未来を考える。商店街は、そのような協働を生み出せる場所です。未来の担い手とは、若い商店主だけではありません。地域の住民、学生、会社員、子育て世代、移住者、地権者など、商店街に関心を持つ人すべてが担い手になり得ます。

 

商店街を、商店主しか参加できない閉じた場にしないことです。関わりたい人に、小さな役割を開く。意見を言える場をつくる。一緒に試せる機会を設ける。人は、任された場所に愛着を持ちます。商店街の未来は誰かに任せるものではなく、関わる人を増やしながら共につくるものです。

 

 

商店街は地域の未来のためにある

 

商店街は誰のためにあるのでしょうか。

 

商店主のためです。商売を続け、適正な利益を得て、誇りを持って働く場だからです。住民のためです。毎日の買い物やサービス、安心や交流を支える場だからです。来街者のためです。その土地らしい商品、人、風景と出会える場だからです。働く人のためです。地域の中で役割を持ち、仕事を通じて人とつながる場だからです。行政や地域団体にとっても、大切な場所です。地域経済、防犯、福祉、観光、文化、コミュニティーなど、多くの課題と関わる場だからです。

 

しかし商店街は、現在そこにいる人たちだけのものではありません。これからこの地域で育つ子どもたち。いつか店を始めるかもしれない人。将来、このまちへ移り住む人。こうした、まだ出会っていない人たちのためにもあります。

 

目先のイベント参加者数や売上だけでなく、10年後、20年後に、この地域にどのような暮らしを残すか。その視点を持ったとき、商店街活動の意味は変わります。街路灯を直すことは、夜道の安心を残すことです。空き店舗に新しい店を迎えることは、次の商人に機会を渡すことです。地域の祭りを続けることは、世代を超えて記憶をつなぐことです。一軒の店を守ることは、暮らしの選択肢を未来へ残すことです。

 

商店街の目的は、昔のにぎわいを取り戻すことではありません。人口も、暮らし方も、買い物の方法も変わりました。過去と同じ姿に戻ることはできません。目指すべきは、これからの地域に必要とされる場所になることです。

 

そのためには、商店主の論理だけでも、行政の論理だけでも足りません。住民、来街者、働く人、地権者、次世代の声を聞きながら、地域にとっての価値をつくり直す必要があります。

 

商店街は、誰か一人のためにあるのではありません。人が商いを営み、人が暮らし、人と人が出会い、地域の未来を共につくるためにあります。だから最初に問うべきは、「どうすれば人を集められるか」ではありません。「この商店街は、誰のどんな暮らしを支えるのか」という問いです。

 

その答えが明確になったとき、必要な店も、活動も、役割も見えてきます。商店街は、店が並んでいるから商店街なのではありません。そこにいる人たちが、互いの暮らしと未来を支えようとするとき、初めて本当の商店街になるのです。

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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