開店前の店に、一台の配送車が止まりました。運転手は重い荷物を何箱も抱え、店の奥へと運び込んでいきます。店主は届いた商品を確かめながら、「いつも早いね。助かるよ」と声をかけました。その一言に、運転手の表情がほころびます。
やがて店が開けば店頭には商品が並び、お客様が訪れます。店主は笑顔で迎え、商品の魅力を語り、丁寧に包んで手渡します。商売の主役はお客様です。
しかし、その商品が店頭に並ぶまでには商品をつくった人、仕入れを支えた人、運んだ人、設備を整えた人など、多くの働きがあります。お客様だけが店を支えているのではありません。
店の裏側に本当の姿が表れる
「お客様を大切にしましょう」とは、商売をする者なら誰もが言う言葉です。店頭では丁寧に頭を下げ、笑顔で応対する。苦情にも誠実に耳を傾け、要望にはできる限り応えようとする。それは商人に欠かせない姿勢です。
ところが店の裏側へ回った途端、態度が変わることがあります。仕入れ先には一方的な値下げを求める。支払いを待たせても説明をしない。急な注文を当然のように押しつける。配送が少し遅れると強い口調で責める。立場の弱い相手には挨拶さえしない。お客様に見せる顔と、取引先に見せる顔が違うのです。
けれども、その店の本当の姿が表れるのはむしろ店の裏側ではないでしょうか。お客様は商品やサービスの対価を支払ってくださる大切な存在です。一方、取引先は店がお客様との約束を果たすために力を貸してくれる存在です。
よい商品がそろうのは、仕入れ先があるからです。急な修理に対応できるのは、職人がいるからです。開店時間までに商品が届くのは、配送する人がいるからです。店内を安全に保てるのは、設備を点検する人がいるからです。
その人たちを粗末に扱いながら、お客様だけを大切にすることはできません。なぜなら、お客様に提供している価値の多くは取引先の仕事によって支えられているからです。
無理を聞いてもらえる店には理由がある
商売をしていれば、取引先に無理をお願いしなければならない場面もあります。急に商品が足りなくなった。明日の催事までに納品してほしい。故障した設備をすぐに直してほしい。少量だが特別な商品を用意してほしい。
そんなとき、取引先が「何とかしましょう」と動いてくれる店があります。一方で、「今回は対応できません」と断られる店もあります。その違いは、取引量や会社の規模だけではありません。日頃から相手を大切にしているかどうかです。
納品の際にきちんと挨拶をする。よい商品には、よかったと伝える。支払期日を守る。無理を頼んだときには、結果にかかわらず礼を言う。相手にも都合や事情があることを忘れない。そうした小さな積み重ねが信頼になります。
ある商人は取引先が訪れると、忙しくても必ず手を止めて挨拶をしていました。その理由を「この人たちがいなければ、うちの店は一日も開けられないからです」と語ります。その人にとって、取引先は単なる商品の供給者ではありませんでした。同じお客様に喜んでもらうために働く仲間だったのです。
だから、困ったときには取引先も力を貸してくれました。「いつも世話になっている店だから今回は何とかしよう」と思ってもらえる関係は、値引き交渉ではつくれません。安く仕入れることは大切です。しかし、目先の条件だけを追い、相手の利益を削り続ければ、やがて取引先は疲弊します。
品質が下がるかもしれません。対応が遅くなるかもしれません。よい商品を、別の店に優先して回すようになるかもしれません。取引先が苦しくなれば、その影響は必ず店に返ってきます。相手が適正な利益を得て、よい仕事を続けられること。それは店にとっても、お客様にとっても必要なことです。
商いは関係の上に成り立つ
私は長年、多くの店や企業を取材してきました。長く続く店には、共通する特徴があります。お客様を大切にするだけではありません。従業員を大切にし、取引先を大切にし、地域との関係を大切にしています。
取引先の担当者が替わっても、変わらず丁寧に接する。規模の小さな業者にも、同じように敬意を払う。相手が困っているときには、自分たちにできることを考える。そうした店には人が集まります。情報が集まり、よい商品が集まり、困ったときに助けてくれる人が現れます。
反対に、人を価格や条件だけで判断する店からは少しずつ人が離れていきます。すぐに売上が落ちるわけではありません。すぐに商品が届かなくなるわけでもありません。けれども、表面には見えないところで、店を支える力が少しずつ弱くなっていきます。
商売は、契約だけで成り立っているのではありません。「この店のためなら、もうひと手間かけよう」「この人との仕事なら、よいものを届けたい」と思ってくれる人の存在によって、商いの質は高まります。お客様に喜ばれる店をつくりたいなら、まず、その喜びを一緒につくってくれる人を大切にしなければなりません。
取引先を大切にするとは、言いなりになることではありません。必要な交渉は行い、品質や納期について伝えるべきことは伝える。そのうえで、相手の立場と仕事に敬意を払うことです。互いに利益を得て、互いに成長し、結果としてお客様によりよい価値を届ける。それが本来の取引ではないでしょうか。
店が閉まった後、空になった売場を見回してみてください。今日並んでいた商品は、誰がつくったのでしょう。誰が届けたのでしょう。故障した設備を、誰が直してくれたのでしょう。急なお願いに、誰が応えてくれたのでしょう。店は、店主一人の力で開いているのではありません。見えないところで支えてくれる人たちがいるから、明日も店の灯りをともすことができます。
お客様に「ありがとう」と伝えるように、取引先にも「ありがとう」と伝える。その言葉が行き交う店は強い店です。商いとは、商品とお金の交換だけではありません。人と人とが互いの仕事を認め、支え合う営みです。長く続く店とは、多くのお客様を持つ店であると同時に、多くの人から「この店と仕事を続けたい」と思われる店なのです。






