笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

最後に「この商売でよかった」と言えるか

店の灯りを消し、一日の営業を終えたとき、あなたは胸を張って「今日もこの商売をしてよかった」と言えるでしょうか。思ったほど売れなかった日もあるでしょう。忙しかった割に、利益が残らなかった日もあります。お客様から厳しい言葉を受け、気持ちが沈んだ日もあるかもしれません。

 

商売をしていれば、うれしい日ばかりではありません。むしろ、思いどおりにならない日のほうが多いものです。それでも翌朝になれば店の戸を開けます。商品を並べ、掃除をし、お客様を迎える準備をします。

 

では、なぜそこまでして商売を続けるのでしょうか。売上を上げるため。家族を養うため。従業員の暮らしを守るため。どれも大切な理由です。しかし、商人人生の最後に振り返ったとき、本当に心に残るのは売上高や店舗数だけではないでしょう。

 

「あの商売をしてきて、よかった」と、最後に言えるかどうか。それこそが商人にとって最も大切な成果なのかもしれません。ここからは、その答えを形づくるものが何なのかを一つずつ考えていきましょう。

 

 

数字だけでは商人人生を測れない

 

まず押さえておきたいのは、商売における数字の意味です。経営に数字は欠かせません。売上、粗利益、客数、客単価、在庫、経費、資金繰りなど、どれか一つを軽視しても商売は長く続きません。どれほど志が立派でも、利益がなければ、店を維持することはできません。従業員に給料を払い、仕入れ代金を支払い、設備を整えるためにも、適正な利益が必要です。だから、数字から目を背けてはいけません。

 

しかし同時に、数字だけで商売のすべてを測ることもできません。長年店を営んできた人に、「商売をしていて、いちばんうれしかったことは何ですか」と尋ねると、最高売上を記録した日の話よりも、お客様との出来事を語ることが多くあります。

 

「あのとき、助かったと言われた」「子どものころから来ていたお客様が、今度は自分の子を連れてきてくれた」「病気で店を休んだら、何人ものお客様が心配してくれた」「あなたの店がなくなったら困ると言われた」といた記憶を語るとき、商人の顔は明るくなります。

 

店の規模が大きかったか。地域でいちばん売れていたか。何億円の売上があったか。それらとは別の物差しで、人は自分の商売を振り返ります。誰かの役に立てたか。誰かに必要とされたか。自分の仕事によって、誰かの暮らしが少しよくなったか、と。

 

数字は商売を続けるための条件です。しかし、商売をしてきた意味は数字の外側にもあります。そして、その意味は日々の商品やサービスを通じてお客様の人生の中に残っていきます。

 

 

 

一つの商品が誰かの人生に残る

 

商売の価値は、売った瞬間だけで終わるものではありません。商人が日々売っているものは、商品やサービスです。けれども、お客様の側から見ればそれは単なる物ではありません。

 

子どもが初めて学校へ持っていく鞄。結婚する二人へ贈る食器。家族の誕生日を祝うケーキ。病気になった人の体をいたわる食事。長年使った靴を、もう一度履けるようにする修理。これらは、店にとっては数ある販売の一つかもしれません。しかし、お客様にとっては人生の大切な場面に結びついた買い物であることがあります。

 

ある衣料品店の店主は、若いころに制服を販売したお客様が数十年後、その子どもの制服を買いに来てくれたと話していました。「お母さんに選んでもらった制服だから、今度は娘のものもこの店で買いたかったのです」という言葉を聞いた店主は、自分が売ってきたのは制服だけではなかったと気づいたそうです。家族の節目に立ち会い、成長を見守り、世代と世代をつないできたのです。

 

商いには、このような時間の積み重ねがあります。今日売った商品が明日忘れられることもあります。けれども、何年たっても「あの店で買った」と語られる商品もあります。大切なのは、すべての商品を特別なものに見せることではありません。目の前のお客様にとって、今日の買い物がどんな意味を持つのかを想像することです。

 

急いでいるのか。迷っているのか。誰かを喜ばせたいのか。不安を抱えているのか。それに気づき、必要な手助けをする。その瞬間、商品の受け渡しは人の人生に寄り添う仕事へと変わります。

 

商人は品物を売りながら、実は人の思い出の一部をつくっているのです。だからこそ、商売の価値は順風満帆な日だけで決まるものではありません。苦しい時期をどう乗り越えたかもまた、商人人生を形づくります。

 

 

苦しかった日も無駄ではない

 

商売を続けるなかでは、避けられない試練があります。長く商売を続けていれば、何度も「もうやめたい」と思う日があります。商品が売れない。資金繰りが苦しい。信頼していた人が辞める。お客様が離れていく。時代の変化に、自分だけが取り残されたように感じることもあるでしょう。

 

店を開けていても、誰も来ない時間があります。そんなとき、他店の繁盛ぶりがまぶしく見えます。自分の選択が間違っていたのではないか、この商売を始めなければよかったのではないかと、心が揺れることもあるでしょう。

 

それは、商人として力が足りないからではありません。本気で商売に向き合っているから、苦しいのです。自分だけなら、やめてしまえば楽になるかもしれない。それでも、家族、従業員、お客様、取引先の顔が浮かび、簡単には投げ出せない。その責任の重さを背負って、商人は店を開けます。

 

ただし、苦しみに耐え続けることだけが商人の美徳ではありません。助けを求める。やり方を変える。売るものを減らす。営業時間を見直す。誰かに仕事を任せる。場合によっては、店を閉じる決断をする。それもまた、商いを大切にする行為です。

 

商売を続ける目的は、店主自身が壊れることではありません。商いは、人を幸せにするためにあります。その「人」には、お客様だけでなく、働く人、家族、そして店主自身も含まれます。

 

苦しかった日々は、できれば経験したくなかったことかもしれません。それでも、その日々を通じて、人の痛みがわかるようになることがあります。困っているお客様の声を、以前より深く聞けるようになることもあります。失敗したからこそ、若い商人に伝えられることがあります。

 

商人人生の価値は、失敗しなかったことではありません。失敗から何を学び、その後、誰にどう生かしたかによって決まるのです。そして、その学びはやがてお客様との信頼という形で表れていきます。

 

 

 

「あなたから買いたい」と言われる仕事

 

商人にとって大きな喜びの一つは、商品ではなく自分自身を信頼してもらうことです。同じ商品はどこでも買える時代です。価格を比べることも、クチコミを調べることも簡単になりました。店へ行かなくても、多くの商品が自宅に届きます。

 

そのなかにあって、実店舗を訪れるお客様が口にする言葉があります。「あなたに選んでもらいたい」「あなたの勧めるものなら安心です」「どうせ買うなら、この店で買いたい」という一言は、商人にとって大きな喜びです。商品だけではなく、自分の見立て、知識、仕事ぶり、そして人柄を信頼してもらえたということだからです。

 

しかし、その信頼は一日では生まれません。わからないことを、知ったふりをしない。売らないほうがよいものは、正直に伝える。約束を守る。不具合があれば、最後まで対応する。目先の売上より、お客様の利益を優先する。そうした日々の選択が「あなたから買いたい」という言葉につながります。

 

商人の仕事は、毎日が選択の連続です。売れるものを勧めるか、その人に合うものを勧めるか。利益の高いものを売るか、必要なものだけを売るか。不都合な事実を隠すか、正直に伝えるか。誰も見ていない場面で、どちらを選ぶか。その積み重ねが、商人としての自分をつくります。

 

最後に商人人生を振り返ったとき、「もっと売ればよかった」と思うことはあるかもしれません。しかし、「あの人をだましてでも売ればよかった」と思う人はいないでしょう。売上は失っても取り戻せます。信用を失えば、取り戻すには長い時間がかかります。

 

商いの成果とは、どれだけ売ったかだけではありません。どのような姿勢で売ったか。どのような関係を残したか。どのような自分になったか。そこにも、商人人生の答えがあります。さらに言えば、その過程で最も大きく変わるのは、お客様だけではなく商人自身です。

 

 

商売が自分を育ててくれた

 

商売は、人と向き合うことで自分自身を磨いていく仕事でもあります。商人は、お客様を育てるのではありません。むしろ、商人のほうがお客様によって育てられています。

 

厳しい苦情から、仕事の甘さを教えられる。何げない感謝の言葉から、自分の仕事の価値に気づかされる。無理な要望に向き合うなかで、できることとできないことの境界を学ぶ。長い付き合いのなかで、信頼は急いでつくれないことを知るのです。

 

商売をしていなければ、出会わなかった人がいます。知らなかった暮らしがあります。気づかなかった喜びや悲しみがあります。人と向き合い続けるなかで、商人自身の見方が変わっていきます。

 

若いころは、売ることだけを考えていた。やがて、お客様に喜んでもらうことを考えるようになった。さらに歳月を重ねると、従業員や取引先、地域の未来まで考えるようになった。商いは仕事であると同時に、人間を磨く稽古でもあります。

 

うまくいかなかった日には、謙虚さを教えられます。お客様に喜ばれた日には、感謝を教えられます。人を雇えば、責任を教えられます。次の世代に店を渡すときには、手放すことを教えられます。

 

商売を通じて、何を得たか。お金や地位だけではなく、自分がどんな人間になれたかを振り返ってみたいものです。「あの商売が自分を育ててくれた」と思えるなら、その商人人生には、すでに大きな成果があります。そして、そうして積み重ねてきた日々の先に、最後に残るものがあります。

 

 

最後に残るのは人の記憶

 

商売の終わりに残るのは数字や設備ではなく、人との関わりです。いつか、すべての商人に最後の日が訪れます。店を後継者へ渡す日かもしれません。暖簾を下ろす日かもしれません。現場を離れ、誰かに任せる日かもしれません。

 

最後の売上を計上し、最後のお客様を見送り、店の灯りを消す。そのとき、何が残るのでしょうか。在庫は処分されます。設備はいつか古くなります。建物も、看板も、永遠ではありません。しかし、人の記憶は残ります。

 

困ったときに助けてもらった。いつも笑顔で迎えてくれた。わがままを聞いてくれた。よいものを教えてくれた。自分の家族のことまで覚えていてくれた。「あの店があってよかった」「あの人に出会えてよかった」と思ってくれる人が一人でもいるなら、その商売は単なる商品の売買ではなかったはずです。

 

世間から成功者と呼ばれなくてもよいのです。店を何軒も増やさなくてもよい。有名にならなくてもよい。大きな財産を残せなくてもよい。自分の仕事によって、誰かの一日を支えた。誰かの困り事を解決した。誰かの喜びを大きくした。その事実は消えません。

 

商売とは、人生の時間を使って人の役に立つことです。だからこそ、今日一日の商いを軽く扱ってはいけません。今日来店した一人のお客様とのやりとりが、いつか自分の商人人生を振り返るとき、大切な一場面になるかもしれないからです。

 

最後に「この商売でよかった」と言えるでしょうか。その答えは、最後の日に突然決まるものではありません。今日、誰にどう向き合ったか。どんな商品を、どんな思いで手渡したか。苦しいときにも、何を守ったか。その一日一日の中で、答えはつくられていきます。

 

店の灯りを消す前にもう一度、今日を振り返ってみましょう。売上はいくらだったか。何が売れたか。それだけではなく、誰を喜ばせることができたか。誰の役に立つことができたか。今日の自分は、商人として誇れる仕事をしたか。そうした問いに、小さくても「はい」と答えられる日を重ねていきましょう。

 

そうすれば、いつか最後の日を迎えたとき胸を張って言えるはずです。苦しい日もあった。迷った日も、悔しい日もあった。それでも、多くの人と出会い、誰かの暮らしを支えることができた。「この商売をしてきて、本当によかった」と。

 

そして、その言葉は自分だけの満足ではありません。支えてくれた人への感謝であり、出会ってくれたお客様への答えでもあります。商売とは、利益を積み上げる営みであると同時に、信頼と記憶を積み重ねる人生です。だから最後に心から「この商売でよかった」と言えるなら、その商人人生は、確かに成功だったのです。

 

写真に掲げたのは大阪・堺市にあった豆腐店「安心堂白雪姫」の橋本太一・由起子ご夫妻。いまは店をたたみ、故郷で静かに暮らしていらっしゃいますが、この夫婦商人の仕事とお人柄は今も多くの人たちの心に生き続けています。

この記事をシェアする
いいね
ツイート
メール
Picture of 笹井清範

笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


新刊案内

購入はこちらから

好評既刊

売れる人がやっているたった4つの繁盛の法則 「ありがとう」があふれる20の店の実践

購入はこちらから

Social Media

人気の記事

都道府県

カテゴリー