笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

原価で売って繁盛した店

江戸のまちが、まだ新しい都市として大きく動き出していたころの話です。神田の鎌倉河岸には江戸城の普請に関わる武士、職人、商人たちが行き交っていました。材木が運ばれ、石が積まれ、威勢のよい声が飛び交う。朝から汗を流して働いた人々が一日の終わりに欲したものは、豪華な料理ではありませんでした。

 

気軽に飲める一杯の酒。腹に少し入るあたたかな肴。そして、人の気配がある場所。「今日もよく働いたな」と肩の力を抜けるひととき。「まあ一杯」と声をかけ合えるにぎわい。そんな暮らしの小さな楽しみを、誰よりも早く商いにした人がいました。この一文の主人公、豊島屋十右衛門です。

 

東京最古の酒舗とされる豊島屋本店は、慶長元年(1596年)、神田鎌倉河岸で酒屋兼一杯飲み屋として創業したと伝えられています。酒造りの本場、上方と言われた関西から運ばれた「下り酒」を扱い、店先で酒を飲ませ、つまみとして豆腐田楽を出しました。これがのちに「居酒屋のルーツ」の一つともいわれる商いです。

 

けれども、豊島屋のすごさは古いことにあるのではありません。その商いの根底に、お客様を喜ばせたい、お客様をおもいやりたいという心があったことです。しかも、その心をきれいごとで終わらせず、価格、商品、売り方、店の空気、収益の仕組みにまで落とし込んでいたことです。400年以上前の江戸で、豊島屋はすでに現代の先進的なビジネスモデルを先取りするような商いを実践していました。

 

 

 

酒を原価で売るという驚きとやさしさ

 

豊島屋の商いで最も興味深いのは、酒を原価で売ったとされる点です。普通に考えれば、酒屋は酒で儲けるものです。仕入れた酒に利益を乗せて売る。それが自然な商いです。ところが豊島屋十右衛門は、灘や伏見から仕入れた上質な酒を原価で提供したといわれています。なぜ、そんなことをしたのでしょうか。

 

もちろん、そこには商売上の計算もありました。酒を安く提供すれば、人が集まります。人が集まれば、店ににぎわいが生まれます。酒が進めば、肴も売れます。酒を入れていた空き樽は、味噌屋や醤油屋などに売ることができます。つまり豊島屋は酒一杯の粗利だけではなく、酒を起点に生まれる商い全体で利益を組み立てていたのです。しかし、それだけではありません。

 

その発想の奥には、江戸で働く人々に「よい酒を、気軽に楽しんでもらいたい」というおもいやりがありました。高くて手が届かない酒ではなく、一日の疲れをいやす一杯として、上質な酒を身近に届ける。そこに、豊島屋の商人としてのあたたかさがあります。

 

これは単なる安売りではありません。お客様を喜ばせる入口を、思い切って広げたのです。現代の言葉でいえば、ロスリーダー戦略やフリーミアム、サブ商品収益、プラットフォーム型ビジネスにも通じます。入口の商品で利益を最大化するのではなく、入口を広げて客数を増やし、その後の関連需要で収益を確保する。豊島屋は、江戸の時代にすでにこの構造を持っていました。

 

ただし、豊島屋の商いを現代風の経営用語だけで語ると大切なものを見落とします。出発点は、「どう儲けるか」だけではなかったはずです。「どうすれば目の前のお客様が喜んでくれるか」でした。安く飲める。しかも、うまい。気軽に立ち寄れる。また来たくなる。この楽しさがあったから人は集まったのです。

 

 

豆腐田楽に込められた客の腹具合へのまなざし

 

豊島屋のもう一つの名物が豆腐田楽です。味噌を塗って焼いた豆腐田楽を、酒の肴として安く提供しました。酒が進むように少し濃い味付けにしたとも伝えられています。働く人々にとって、安くて腹にたまり酒にも合う豆腐田楽はまさにありがたい一品でした。ここにも、豊島屋のおもいやりが表れています。

 

お客様は酒だけを求めていたのではありません。朝から働いて、腹も減っていたはずです。懐具合も気になったはずです。短い時間でもほっとしたかったはずです。その気持ちに寄り添ったのが豆腐田楽でした豆腐は高級食材ではありません。しかし、焼きたての豆腐田楽に味噌の香りが立てば、それだけで酒がうまくなる。仲間と分け合えば話も弾む。腹に少し入れば心もほどける。値の張る料理ではなくても、人を十分に喜ばせることはできます。商いの楽しさは、ここにあります。

 

高いものを売ることだけが価値ではありません。珍しいものを並べることだけが工夫ではありません。お客様の気持ちを想像し、「これがあったらうれしいだろうな」と考えることが商いを豊かにします。

 

豆腐田楽は単なる付け合わせではありませんでした。酒をさらにおいしくする装置であり、もう一杯を誘う仕掛けであり、何より客の腹具合と懐具合に寄り添う商品でした。現代の飲食店でいえば、ペアリング提案です。小売業でいえば、関連販売です。サブスクリプションやアプリビジネスでいえば、継続利用を促す導線ですけれども、その根っこはとても人間的です。お客様が何を飲みたいか。何を食べたら喜ぶか。どんな時間を過ごしたいか。帰り道にどんな気持ちになってほしいか。豊島屋は江戸の店先で、すでにお客様の体験全体を見ていたのです。

 

 

 

白酒を「春の楽しみ」に育てた力

 

豊島屋の名をさらに高めたのが白酒です。豊島屋の白酒は雛祭りと結びついて江戸中に評判を呼び、「山なれば富士、白酒なれば豊島屋」といわれるほどの名物になりました。江戸後期に刊行された観光ガイドブック『江戸名所図会』にも、白酒を買い求める人々のにぎわいが描かれています。ここで注目すべきは、白酒を単なる酒として売らなかったことです。白酒は桃の節句と結びつきました。春の訪れと結びつきました。家族の祝い、子どもの成長、江戸の季節感と結びつきました。人は白酒という商品だけを買ったのではありません。季節の記憶を買い、祝いの気分を買い、家族の笑顔を買ったのです。

 

「今年も豊島屋の白酒を」と思い出す人がいる。それを楽しみに待つ家族がいる。白酒を手にすることで江戸の春が始まる。これほど美しい商いがあるでしょうか。現代でいえば、歳時記マーケティングであり、イベント販売であり、ブランド体験です。バレンタイン、母の日、クリスマス、土用の丑、恵方巻。いまの小売業は季節行事と商品を結びつけることで需要を生み出します。豊島屋はそれを江戸の時代に実践していました。

 

しかも、白酒は毎年思い出される商品です。一度きりの売上ではありません。年中行事になることで店は生活の暦の中に入り込みます。これは、現代でいうブランド想起の仕組みそのものです。けれども、ここでも大切なのは手法ではありません。お客様の暮らしを楽しくしたい。季節の喜びを届けたい。家族の祝いに寄り添いたい。その心があったから白酒は単なる商品を超え、江戸の風物詩になったのです。

 

 

 

現代の先進ビジネスを先取りした手法

 

豊島屋の商いを現代のビジネスモデルとして見ると、その先進性はいっそう明らかになります。主に六つの特徴があります。

 

第一に、ロスリーダー戦略です。酒を原価で提供することで客を集め、周辺の商品や空き樽の販売で利益を確保しました。入口商品で利益を取りすぎず、全体で収益をつくる発想です。

 

第二に、体験型ビジネスです。豊島屋は酒を小売りしただけでなく、その場で飲む場をつくりました。酒は商品であると同時に、会話、休息、にぎわいを生む体験になりました。これは、単なる物販から体験価値へと進化する現代小売業の方向性を先取りしています。

 

第三に、関連販売・クロスセルです。酒に豆腐田楽を組み合わせることで、客の満足度を高め、追加需要を生みました。商品を単品で売るのではなく、利用シーンに合わせて組み合わせる。これは、現在のフードペアリングやレコメンド販売に通じます。

 

第四に、循環型ビジネスです。酒を入れていた樽を捨てず、味噌屋や醤油屋に売る。これは、資源を無駄にせず価値に変える仕組みです。現代でいえば、リユース、アップサイクル、サーキュラーエコノミーに通じる発想です。

 

第五に、季節ブランド戦略です。白酒を桃の節句と結びつけ、毎年思い出される名物商品に育てました。これは、商品を暮らしの暦に組み込むことで継続的な需要を生み出す仕組みです。

 

第六に、コミュニティ型の商いです。豊島屋は江戸で働く人々が集う場でした。客は酒を買いに来ただけではなく、ひと息つき、人と交わり、にぎわいの中に身を置いたのです。現代のカフェ、クラフトビール店、地域密着型の飲食店、さらにはオンラインコミュニティにも通じる価値があります。

 

こうして見ると、豊島屋は古い商いどころか極めて新しい商いをしていました。しかし、ここで忘れてはならないことがあります。先進的なビジネスモデルは、冷たい仕組みから生まれたのではありません。お客様を喜ばせたいというあたたかな心から生まれたのです。「この値段なら、気軽に飲めるだろう」「この肴なら、酒がもっとおいしくなるだろう」「この白酒なら、節句の楽しみになるだろう」「この場所なら、働く人がほっとできるだろう」といったおもいやりが結果として革新的な仕組みになりました。

 

 

 

革新性は「喜ばせる仕組み」の中に宿る

 

豊島屋の商いを「酒を原価で売ったから繁盛した」とだけ見ると、本質を見誤ります。本当に見るべきは、価格の安さではありません。お客様を喜ばせる仕組みの強さです。

 

酒を原価で売る。
豆腐田楽で満足を高める。
空き樽を再販売して利益を得る。
白酒を季節の名物に育てる。
店を人が集まる場にする。

 

これらは別々の工夫ではありません。すべてがつながっています。酒を安く出すことは、客を喜ばせる入口でした。豆腐田楽は、滞在と追加消費を生む仕掛けでした。空き樽の販売は、見えない収益源でした。白酒は、毎年思い出される看板商品でした。店先のにぎわいは、さらに客を呼ぶ広告になりました。つまり豊島屋は一品ごとの利益ではなく、商い全体の流れで利益を生む店だったのです。

 

 

そして、その流れの中心にあったのは、お客様へのおもいやりでした。人口減少時代の小さな店にとっても、これは大切な教訓です。商品単体の粗利だけを見ていると、商いは窮屈になります。値上げか値下げか、利益か客数か、効率か手間かという二者択一に陥ります。しかし、商い全体を設計すれば、可能性は広がります。

 

どの商品で来店のきっかけをつくるのか。
どの商品で満足を深めるのか。
どこで利益を確保するのか。
どの体験で記憶に残すのか。
どの季節に思い出してもらうのか。
どの資源を無駄にせず価値に変えるのか。

 

これらの問いは、決して難しい経営理論だけの話ではありません。目の前のお客様を見て、「どうしたら、もっと喜んでもらえるだろう」と考えることから始まります。そこに商いの楽しさがあります。そして、そこに繁盛の芽があります。

 

 

老舗とは喜ばせる工夫を続ける店

 

豊島屋は古いから老舗なのではありません。変えてはならないものを守りながら、変えるべきものを変えてきたから老舗なのです。守ってきたものは、お客様第一、信用第一という姿勢です。変えてきたものは、売り方、楽しませ方、収益のつくり方、名物の育て方です。信用があるから、人は集まります。人が集まるから、にぎわいが生まれます。にぎわいがあるから、名物が育ちます。名物があるから、店は記憶されます。記憶されるから、商いは続いていきます。

 

商いは、目先の利益だけでは続きません。かといって、理念だけでも続きません。理念を日々の価格、商品、接客、売場、体験にまで落とし込む必要があります。豊島屋の商いは、それを教えてくれます。酒を原価で売る大胆さ。豆腐田楽で客を喜ばせる細やかさ。空き樽まで利益に変える合理性。白酒を江戸の風物詩に育てる物語性。店を、人が集う場にする構想力。そのすべてが一つになって、豊島屋という老舗をつくりました。

 

商いの知恵とは奇抜な発想のことではありません。お客様が喜ぶ入口をつくり、その喜びが続く仕組みを整え、店もまた健やかに続いていく道筋を見つけることです。豊島屋が教えてくれるのは、こういうことではないでしょうか。利益は奪うものではなく、喜ばれた後に残るものです。繁盛は売り込んだ結果ではなく、人が集まりたくなる理由をつくった結果です。江戸の酒舗・豊島屋の商いは、いまなお新しい。それは、商いの原点が時代を越えて変わらないからです。

 

お客様を思い、喜ばせる。そのために知恵をしぼる。その知恵が店を楽しくし、まちを楽しくし、商人自身の仕事も楽しくする。豊島屋の歴史は、商いとは本来、これほど愉快であたたかく、創造的な営みであることを私たちに思い出させてくれます。

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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