笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

良い値上げ、悪い値下げ

同じ値上げでも、お客様から「それなら仕方ない」「これからも買いたい」と受け止められる値上げがあります。一方で、値下げをしているのに、なぜか店の魅力を弱め、お客様の信頼を失っていく値下げもあります。一般には、値上げは悪く、値下げは良いことのように思われがちです。けれど、商いの現場では必ずしもそうではありません。

 

良い値上げは、店を守ります。
悪い値下げは、店を壊します。

 

価格とは、単なる数字ではありません。商品やサービスの価値を表すものであり、働く人の努力を支えるものであり、お客様との約束を示すものです。だからこそ、値上げにも善し悪しがあり、値下げにも善し悪しがあります。

 

良い値上げは価値を守るために行う

 

良い値上げとは、お客様からより多くのお金を取ることではありません。これまで大切にしてきた品質、技術、サービス、働く人、そして店の未来を守るために行う価格改定です。原材料費が上がる。物流費が上がる。光熱費が上がる。人件費も上がる。そうした中で、価格を据え置き続ければ、どこかに無理が生じます。

 

素材を落とす。手間を省く。人を減らす。教育を削る。売場の手入れを後回しにする。店主やスタッフが身を削って穴埋めする。こうしたことをやっても、最初はお客様に気づかれないかもしれません。しかし、無理は必ず店の空気に出ます。商品の力が落ち、接客の余裕がなくなり、売場から活気が消えていきます。値上げをしないことが、必ずしもお客様のためになるとは限りません。むしろ、必要な値上げを避け続けることで、店の価値そのものを失ってしまうことがあります。

 

良い値上げは、こう伝えられる値上げです。「この品質を守るために、価格を改定いたします」「これまで通り、手間を惜しまない仕事を続けるために、見直しをいたします」「働く人が誇りを持って続けられる店であるために、お願いをいたします」「この町で、これからも商いを続けていくための価格改定です」という言葉の中には、店の都合だけではなく、お客様への約束があります。値上げによって何を失うのかではなく、何を守るのかが示されています。

 

お客様は、すべての値上げを拒むわけではありません。正直に伝えられ、そこに納得できる理由があり、これからも得られる価値が見えるなら、多くのお客様は理解してくださいます。場合によっては、「この店には続いてほしい」と応援の気持ちで受け止めてくださいます。良い値上げは、価格を上げる行為であると同時に、自店の価値を言葉にする行為でもあります。

 

悪い値下げは価値を削る

 

一方で、値下げにも危うさがあります。もちろん、値下げがすべて悪いわけではありません。在庫を整理するため、季節商品を売り切るため、新しいお客様に試していただくため、感謝企画として還元するためなど目的が明確で、期間や対象が整理された値下げは商いの有効な手段です。

 

問題は、理由のない値下げです。怖いのは、迷いから始まる値下げです。売れないから下げる。競合が安いから下げる。お客様に高いと言われたから下げる。客数が減った不安から、とりあえず下げる。こうした値下げは、一見するとお客様のためのように見えます。しかし実際には、店が自分の価値を信じられなくなっているサインかもしれません。

 

悪い値下げは、最初に利益を削ります。次に、品質を削ります。そして最後に、誇りを削ります。価格を下げれば、短期的には売れることがあります。けれど利益が残らなければ、次の仕入れ、次の商品開発、次の売場づくり、次の人材育成に投資できません。やがて店は、安く売るために、より安い材料を探し、手間を省き、サービスを簡略化せざるを得なくなります。

 

お客様は最初、安さを喜びます。しかし、品質が落ち、品ぞろえが弱くなり、接客の温度が下がれば、やがて気づきます。「前の方がよかった」「安いけれど、魅力が薄くなった」「この店らしさがなくなった」という言葉に表れるように、悪い値下げは店を選ぶ理由を減らしていきます。

 

さらに厄介なのは、一度下げた価格は戻しにくいことです。値下げによって集まったお客様は、その価格を基準にします。次に元の価格へ戻そうとすると、「高くなった」と感じられます。店は、自分で自分の価値の上限を下げてしまうのです。値下げとは、使い方を誤るとお客様を喜ばせながら店を弱らせる薬になります。効き目は早いが、使い続ければ体力を奪っていく。そこに怖さがあります。

 

分かれ目は価格に意思があるかどうか

 

良い値上げと悪い値下げを分けるものは何でしょうか。それは、価格に意思があるかどうかです。

 

良い値上げには意思があります。この品質を守る。この働き方を守る。この店を続ける。このお客様との関係を大切にする。そのために、勇気を持って価格を改定する。こうした強い意思が込められています。

 

一方で、悪い値下げには意思が薄いことが多いものです。不安だから下げる。競争に巻き込まれて下げる。説明できないまま下げる。売れない理由を考えず、価格だけを動かす。なぜなら、こうした値下げがいちばん簡単だからです。深い洞察も、強い意思もいりません。ただただ流されるままに、値札を書き換えればいいからです。

 

価格を下げる前に、本当に問うべきことがあります。売れない理由は、価格なのでしょうか。商品の魅力が伝わっていないのではないでしょうか。売場で価値が見えていないのではないでしょうか。お客様に使い方や楽しみ方を伝えきれていないのではないでしょうか。接客の一言が足りないのではないでしょうか。そもそも、誰に売りたい商品なのかが曖昧になっていないでしょうか。

 

価格は、最後に動かすべきものです。
最初に動かすべきものではありません。

 

商品説明を見直す。陳列を変える。試食や体験の機会をつくる。用途を提案する。お客様の声を紹介する。セット販売にする。贈答用として見せる。スタッフが自分の言葉で語れるようにする。こうした努力を尽くさずに価格だけを下げると、店は自分の価値を十分に伝えないまま、価値を安売りしてしまうことになります。

 

お客様は安いものだけを求めているわけではありません。納得できるもの、信頼できるもの、自分の暮らしを少し良くしてくれるものを求めています。その価値が伝われば、価格は必ずしも最安である必要はありません。

 

値上げは説明、値下げは設計

 

良い値上げには説明が欠かせません。なぜ上げるのか。何を守るためなのか。いつから変わるのか。これからも何を約束するのか。長く支えてくださったお客様へ、どんな感謝を伝えるのか。こうした説明のない値上げを黙って行えば、反発を生みます。しかし、誠実に説明すれば、お客様との関係を深める機会になります。

 

一方、値下げには設計が欠かせません。何のために下げるのか。誰に向けた値下げなのか。いつまで行うのか。どの商品に限るのか。通常価格との違いをどう伝えるのか。値下げ後に、どのような購買行動につなげたいのか。値下げは、こうした目的と出口がなければ、ただの消耗戦になります。

 

たとえば、「初めての方に試していただくための一週間限定価格」であれば、値下げには意味があります。「季節の終わりに、在庫を残さず売り切るための最終価格」であれば、お客様も納得しやすいでしょう。「日頃の感謝を込めた会員限定企画」であれば、常連客との関係を深めることもできます。しかし、いつも何となく安い。理由もなく安い。売れなければさらに安い。これでは、お客様は定価で買う理由を失います。

 

値上げは説明で信頼を守るものです。
値下げは設計で価値を守るものです。

 

この二つを取り違えないことが大切です。

 

商人が恐れるべきは「高い」と言われることではない

 

商人にとって、「高い」と言われるのはつらいことです。けれど、本当に恐れるべきなのは、高いと言われることではありません。本当に恐れるべきなのは、価値が伝わっていないことです。そして、自分たち自身がその価値を信じられなくなることです。

 

高いと言われたとき、すぐに下げる前に考えたいのです。この商品は、誰にとって価値があるのか。どんな暮らしの場面で役に立つのか。他の商品と何が違うのか。なぜこの価格なのか。お客様は、その理由を知っているのか。価格への不満は、こうした説明不足の表れです。もちろん、価格が本当に高すぎる場合もあります。その場合は見直しが必要です。しかし、すべてを価格のせいにしてしまうと、商いは育ちません。

 

商いは価値をつくり、価値を伝え、価値にふさわしい対価をいただく営みです。その対価があるから、次の商品を仕入れられます。人を育てられます。設備を直せます。新しい挑戦ができます。店を続けられます。

 

利益は、商人の私腹を肥やすためだけのものではありません。お客様に価値を届け続けるための源です。利益のない商いは、やがてお客様への約束を果たせなくなります。だからこそ、必要な値上げから逃げてはいけません。そして、安易な値下げに逃げてもいけません。そう、価格は店の未来を決める言葉です。

 

良い値上げは、店の未来をつくります。
悪い値下げは、店の未来を細らせます。

 

良い値上げは、品質を守ります。
悪い値下げは、品質を削ります。

 

良い値上げは、働く人を守ります。
悪い値下げは、働く人に無理を押しつけます。

 

良い値上げは、お客様に理由を伝えます。
悪い値下げは、理由を考えることから逃げます。

 

良い値上げは、「これからもこの店を続けます」という宣言です。
悪い値下げは、「自分たちの価値を信じきれません」という沈黙のメッセージになりかねません。

 

価格に己の意思を込めよう

 

もちろん、値上げが常に正しく、値下げが常に間違っているわけではありません。大切なのは、価格に商人の意思があるかどうかです。何を守るために上げるのか。何を実現するために下げるのか。その価格で、お客様にどんな価値を届けるのか。この問いに答えられる価格は、強い価格です。

 

価格は、店の未来を決める言葉です。だから、迷ったときほど、安さだけに頼らないことです。お客様に選ばれ続ける店は、価格を下げる前に価値を伝えます。必要なときには、誠実に値上げをします。そしてその価格に見合う仕事を、昨日より今日、今日より明日と磨き続けます。

商いにおいて本当に大切なのは、安く売ることではありません。価値あるものを、価値あるものとして届けることです。

 

良い値上げは、その覚悟を支えます。
悪い値下げは、その覚悟を曇らせます。

 

価格を変える前に、自店の価値を見つめ直す。そこから強い商いは始まります。

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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