魚が売れない――そう言われるようになって、ずいぶん時間がたちました。
水産庁によれば、日本の食用魚介類の1人1年当たり消費量は、2001年度の40.2kgをピークに減少し、2023年度には21.4kgまで落ち込んでいます。2011年度以降は、肉類の消費量が魚介類を上回る状態が続いています。さらに、生鮮魚介類をあまり購入しない理由として、「価格が高い」「調理が面倒」「片づけが大変」「調理方法を知らない」といった要因が挙げられています。つまり魚離れは、魚が嫌いになったからではありません。現代の暮らしの中で魚を買い、料理し、食べるまでの負担が大きくなったのです。
この流れの中で、多くのスーパーは鮮魚売場を縮めてきました。売れ残れば廃棄が出ます。廃棄を避けようとすれば、品揃えは絞られます。品揃えが絞られれば、売場の魅力は弱くなります。売場の魅力が弱くなれば、さらに客足が遠のきます。。魚離れの時代には、この悪循環が起きやすいのです。
ところが、その反対を行く店があります。上魚類は、2025年3月期のグループ売上高が456億5850万円。公式採用サイトでも、年間売上は2018年度341億円から2024年度456億円へ伸びていることが示されています。直営店舗数は20店舗以上。魚離れの時代に、鮮魚専門店として売上を伸ばしている稀有な存在です。
では、なぜ角上魚類は伸びるのでしょうか。

品揃えは「在庫」ではなく来店理由
角上魚類の売場に行くと、まず感じるのは量と種類の迫力です。魚が少し並んでいるのではありません。売場そのものが魚市場のような熱気を持っています。買う予定がなかった人でも、「今日は何があるのだろう」と見て回りたくなる。そこに、鮮魚専門店としての大きな力があります。
多くの店は、売れ残りを恐れて品揃えを絞ります。しかし品揃えを絞れば売場は安全になりますが、面白くなくなります。お客様は「いつ行っても同じ」「選ぶ楽しみがない」と感じます。すると来店頻度は下がります。
角上魚類は、ここで逆の発想をしています。豊富な品揃えそのものを、来店理由にしているのです。同社は鮮魚の対面、鮮魚パック、刺身に加え、寿司、マグロ、冷凍、魚卵、鮭鱒、塩干珍味、惣菜など、全部で11部門を設けています。部門を細かく分けるということは、それぞれに専門性を持たせるということです。単に魚を仕入れて並べるのではなく、魚種、加工、用途、食べ方ごとに売場をつくり込んでいるのです。
ここに学ぶべき点があります。
品揃えとは、単なる商品数ではありません。お客様にとっての発見の数です。「今日は刺身にしよう」「この魚は煮付けにできるのか」「子どもには骨取りがよさそうだ」「年末はここで買おう」といった“買う理由”が売場の中にいくつも埋め込まれていることが大切なのです。
売れない時代に品揃えを絞ることは、一見合理的に見えます。しかし、絞り過ぎれば、店はお客様の期待から外れていきます。角上魚類は、品揃えを「リスク」ではなく「集客力」として磨いています。

魚を売る前に不安を取り除いている
高い、面倒、わからない――魚離れの理由は明確です。ならば、魚屋の仕事は魚を並べることだけでは足りません。お客様の不安を取り除くことが仕事になります。
角上魚類では、対面販売でその日入荷した魚をすすめたり、調理法を提案したりしています。魚をおろしてほしいという依頼にも、その場で対応しています。さらに、仕入れは魚種ごとの専門バイヤーが担い、豊洲と寺泊のバイヤーが毎朝情報交換しながら、価格や品質を判断しているとされています。これは、鮮魚専門店にとって極めて重要です。
お客様は、魚を前にして迷っています。この魚は新鮮なのか。どう料理すればよいのか。家族が食べてくれるのか。高い買い物にならないか。失敗しないか。こうした迷いを放置すれば、魚は買われません。ところが、店員が「これは塩焼きがいいですよ」「三枚におろしましょうか」「今日は脂がのっています」と声をかけるだけで、魚はぐっと買いやすくなります。魚離れの時代に必要なのは、魚の知識をお客様に押しつけることではありません。お客様が一歩踏み出せるように、買いやすく、食べやすく、失敗しにくくすることです。
また、角上魚類の強さは、魚を「素材」として売るだけでなく、「食卓に上がるところ」まで想像して売っている点にあります。これは、すべての専門店に通じる教訓です。靴店なら、靴を売る前に足の悩みを解く。文具店なら、ペンを売る前に書く場面を想像する。寝具店なら、布団を売る前に眠りの不安を聞く。商品を売る店から、困りごとを解く店へ。そこに専門店の生き残る道があります。
廃棄を減らす力は売り切る力である
鮮魚商売で最も怖いのはロスです。魚は時間との勝負です。売れ残れば価値が落ちます。だから多くの店は仕入れを抑えます。しかし、仕入れを抑えれば売場の魅力は落ちます。
角上魚類が注目されるのは、豊富な品揃えを持ちながら、ロスを極めて低く抑えている点です。商品ロス率を0.05%に留めているから、営業利益率は6%超という水準を実現できるのです。もちろん、どの店も同じ規模、同じ仕入れ力、同じ人員体制を持てるわけではありません。しかし、ここから学ぶべき本質はあります。
廃棄を減らす方法は、仕入れを絞ることだけではありません。売り切る力を高めることです。売り切る力とは、値引きだけではありません。朝の仕入れ判断。売場づくり。加工の切り替え。刺身、寿司、惣菜への展開。声かけ。夕方の売り方。翌日の需要予測。部門間の連携。これらが一つにつながってロスを減らします。
角上魚類では、加工部門、寿司部門、マグロ部門など、それぞれに異なる技術と役割があります。冷凍、魚卵、鮭鱒、塩干、珍味などの部門では、在庫管理や売場づくり、計画的な発注・補充が重要だとされています。つまり、魚を売り切る力は職人技だけではなく、組織的な売場運営によって支えられているのです。
ここに、専門店経営の大事な示唆があります。小さな店であっても、ロスを恐れて売場を貧しくするのではなく、売り切る道筋を考えることです。たとえば、午前中は丸魚、昼から刺身、夕方は焼くだけ・煮るだけの商品、閉店前は惣菜やセット提案へ切り替える。魚の状態と時間帯に応じて、売り方を変える。これができれば、品揃えの豊かさとロス削減は両立できます。

人を育てるから売場が強くなる
角上魚類の強さは、商品だけではありません。人の育て方にもあります。同社は、部門ごとのプロフェッショナルを育てることを重視し、新入社員には指導パートナーをつけ、等級制度に基づくキャリアアップ研修やリーダーシップ研修も行っています。一般職から部門長、副店長、店次長、店長へと段階的に成長する仕組みも整えています。
また、出店についても、ただ店舗数を増やすのではなく、教育体制とのバランスを取りながら質を保つ成長を重視しています。地域ごとの食文化や買い物スタイルを見極め、「どこでも同じものを売る」のではなく、地域に求められる魚屋であることを目指している点も見逃せません。これこそ同社が掲げる「日本一の魚屋」の本質です。
商売は、商品だけでは続きません。人が育たなければ、売場は育ちません。売場が育たなければ、お客様の信頼は育ちません。鮮魚専門店に限らず、専門店の本当の資産は、棚に並ぶ商品ではなく、商品を見立て、伝え、売り切る人の力です。角上魚類は、その力を属人的な勘だけに頼らず、部門、教育、役割分担、出店判断にまで落とし込んでいます。
魚離れの時代に魚屋が果たす役割
魚離れは、魚屋にとって厳しい現実です。しかし見方を変えれば、魚屋の存在価値が再び問われている時代でもあります。お客様は魚を嫌いになったのではありません。魚をどう買えばよいかわからなくなったのです。魚をどう食卓に出せばよいか迷っているのです。忙しい暮らしの中で、失敗したくないのです。
だからこそ、鮮魚専門店には役割があります。魚の目利きをする。食べ方を教える。下処理を引き受ける。旬を伝える。量目を調整する。家族構成に合わせて提案する。今日の食卓を一緒に考える。やれることはたくさんあるのです。
角上魚類から学ぶべきことは、規模の大きさだけではありません。むしろ本質は、魚を売る前に、お客様が魚を買いたくなる理由をつくっていることです。売場を縮めれば、リスクは減るかもしれません。しかし、期待も減ります。品揃えを守り、売り切る力を磨き、人を育て、お客様の不安を取り除く。そこに、魚離れの時代に伸びる鮮魚専門店の道があります。
魚が売れない時代だからこそ、魚屋の仕事は小さくなるのではありません。むしろ、深くなります。角上魚類の商いは、そのことを教えてくれます。魚を並べるだけの店ではなく、魚のある食卓を取り戻す店へ。そこに、これからの専門店が進むべき方向があるのではないでしょうか。








