笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

メルカリが変えた消費者の暮らし

使わなくなった服をスマートフォンで撮る。
数分で出品する。
知らない誰かが買ってくれる。
売上金で、また別の誰かが手放した品を買う。

 

いまでは当たり前になったこの行動は、10数年前には多くの人にとって日常ではありませんでした。2013年7月にフリマアプリ「メルカリ」が始まったことで、個人が簡単にモノを売り買いできる場が一気に広がりました。メルカリ自身も、限りある資源を循環させるという課題意識からサービスが生まれたと説明しています。

 

日本経済新聞では、メルカリの業績が国内フリマの好調を背景に上振れしていることを伝えています。実際、メルカリの2026年6月期第3四半期資料では、マーケットプレイス事業の流通総額が前年同期比16%増、連結売上収益は前年同期比22%増、コア営業利益は同66%増とされています。通期見通しも売上収益2200億円以上、コア営業利益400億円以上へ上方修正されました。

 

これは単に一企業の好決算という話ではありません。メルカリの成長は、消費者の暮らし方そのものが変わったことを映しています。

 

 

所有から循環へ――消費者の意識が変わった

 

メルカリ以前の買い物は、多くの場合「買ったら終わり」でした。不要になったものは、押し入れに眠るか、捨てるか、リサイクルショップに持ち込むか。個人が気軽に売るには手間がかかりました。ところがメルカリは、モノの出口を身近にしました。買う前から「使わなくなったら売れる」と考える人が増えました。これは消費行動の大きな変化です。

 

かつては新品を買い、長く所有することが消費の基本でした。いまは、必要なときに買い、使い終えたら次の人に渡すという感覚が広がっています。衣料品、子ども用品、趣味用品、家電、本、推し活グッズなど、生活のあらゆる領域で「新品でなければならない」という前提が弱まりました。

 

この変化は、節約だけが理由ではありません。もちろん物価高の中で、安く買えることは大きな魅力です。しかし、それ以上に「まだ使えるものを捨てない」「必要な人に渡す」「売上金を次の買い物に回す」という循環の感覚が生活に入りました。メルカリは、自社のミッションとして「あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性を広げる」と掲げています。これは企業理念であると同時に、いまの消費者心理をよく表しています。

 

消費者は単なる買い手ではなくなりました。買い手であり、売り手であり、時には小さな商人になったのです。

 

「新品を売る店」だけでは足りなくなった

 

この変化は既存の小売業者に大きな影響を与えました。

 

第一に、新品販売との競合です。新品を買う前に、消費者はメルカリで相場を見るようになりました。「新品は高いが、未使用品が出ているかもしれない」「少し使っただけなら中古で十分」と考えます。とくにアパレル、ブランド品、ベビー用品、趣味用品、ゲーム、書籍などは新品市場と二次流通市場の距離が縮まりました。

 

第二に、価格の見え方が変わりました。消費者は商品の定価だけでなく、再販売価格も意識します。いくらで買い、いくらで売れるか。つまり、実質負担額で買い物を考えるようになりました。これは小売業者にとって厳しい変化です。売場で提示する価格がネット上の中古相場と常に比較されるからです。

 

第三に、買い方が慎重になりました。かつての衝動買いは、「失敗したら仕方ない」で終わりました。いまは、失敗しても売れるという安心がある一方で、売りやすい商品かどうかを考えて買う人もいます。ブランド力、状態の保ちやすさ、型落ちしにくさ、発送しやすさまで購入時の判断材料になります。

 

既存小売業者にとって、これは「売った後も価値が残る商品」を扱っているかが問われる時代です。単に安く売るだけでは、メルカリ上の中古品との比較に巻き込まれます。新品で買う理由、店で買う理由、買った後の安心を示せなければ、選ばれにくくなります。

 

 

メルカリは「生活の余白」をお金に変えた

 

メルカリがもたらしたもう一つの変化は、家庭内に眠っていたモノを資産に変えたことです。クローゼットの中の服、読まなくなった本、使わなかった贈答品、子どもが成長して不要になった用品など、これらは以前「片づけるべきもの」でした。いまは「売れるかもしれないもの」です。

 

この変化は、生活者に小さな収入源を与えました。メルカリの売上金はメルペイを通じて買い物にも使えます。メルカリの説明でも、メルペイはメルカリの売上金や銀行口座からチャージしたお金を使い、アプリ内外で買い物ができるサービスとされています。つまり、メルカリは「売る」と「買う」をつなげました。不要品を売る。売上金で日用品を買う。あるいは趣味の品を買う。家計の中に、個人間取引の循環が組み込まれたのです。

 

これは、小売業にとって見逃せない変化です。消費者の財布は給料や貯金だけでなく、手持ち品の換金によっても動くようになりました。店にとっては、新品を売るだけでなく、買取、下取り、リユース、修理、メンテナンスを組み合わせる余地が広がったとも言えます。

 

小売業者に必要なのは「循環の中に入る」こと

 

では、既存の小売業者はどう対応すべきでしょうか。

 

一つは、中古市場を敵と見ないことです。メルカリを「新品販売を奪う存在」とだけ見れば、脅威です。しかし、消費者の暮らしが循環型に変わった以上、小売業者もその循環の中に入る必要があります。たとえば、買い替え時の下取り。修理やクリーニング。中古品の委託販売。リユース品と新品の併売。購入時に「手放すときの価値」まで説明する接客。こうした取り組みは専門店だからこそできます。

 

もう一つは、新品の意味を高めることです。メルカリで買えるものと同じものを、ただ高く売るだけでは苦しくなります。新品で買う価値を伝える必要があります。正規保証、サイズ相談、使い方の説明、アフターサービス、贈答包装、修理対応、購入後の相談。これらは個人間取引では得にくい価値です。

 

三つ目は、商品情報の発信です。メルカリ上では、消費者どうしが相場や使い勝手を共有しています。小売業者も商品の選び方、長持ちさせる方法、修理の可否、買い替えの目安を発信すべきです。お客様が「この店で買うと失敗しない」と感じる情報を持つ店は、価格比較だけでは負けません。

 

これからはAIとリユースが結びつく

 

これからの変化は、さらに進みます。メルカリは2026年3月、生成AIを活用した新たな絞り込み検索機能の提供を開始したと発表しています。さらに2026年6月期第2四半期資料では、今後の施策としてAI・LLMを使ったUI/UXの再設計、越境取引、B2C、広告などを挙げています。

 

これは、リユース市場が次の段階に入ることを意味します。これまでは、消費者が検索して中古品を探していました。これからは、AIが「あなたに合う中古品」「相場より割安な商品」「売るなら今がよい商品」を提案するようになるでしょう。そうなると、消費者の買い物はますます合理的になります。新品、中古、レンタル、サブスク、修理、売却、これらをAIが比較し、最適な選択肢を示す時代が来ます。

 

既存小売業者にとっては、ますます厳しい時代です。けれども、道はあります。小売業者が提供すべき価値は、「モノを渡すこと」から「よい選択を支えること」へ移ります。新品を売る店から、買う・使う・直す・手放すまでを支える店へ。そこに転換できる店は、メルカリ時代の先にも存在価値を持ちます。

 

所有を売る時代から納得を支える時代へ

 

メルカリの誕生から今日までに、消費者のライフスタイルは大きく変わりました。

 

買ったものはいつか売れる。
中古でも十分よい。
捨てる前に誰かに渡せる。
売上金で次の買い物ができる。
価格は定価だけでなく、再販売価値まで含めて考える。

 

これらの化は、既存小売業者に痛みをもたらしました。新品販売は中古品と比較され、価格の透明性は高まり、消費者はより慎重になりました。しかし同時に、新しい商機も生まれています。下取り、修理、リユース、使い方提案、買い替え相談、長く使うための支援、これらはこれからの小売業者にとって大切な仕事になります。

 

メルカリが教えているのは、消費者がモノを大切にしなくなったということではありません。むしろ逆です。モノの価値を、買った瞬間だけでなく、その後の人生まで含めて考えるようになったのです。

 

これからの店に求められるのは、ただ新品を売る力ではありません。お客様が納得して買い、気持ちよく使い、必要がなくなったときにも次の価値につなげられるよう支える力です。消費は使い捨てから循環へ、小売業の役割は販売から伴走へと変わっていくでしょう。

 

メルカリの成長は、その時代の扉がすでに開いていることを示しています。これからの商人に問われるのは、その変化を嘆くことではなく、自店の商いを循環の中にどう位置づけるかです。そこに、次の繁盛の芽があります。

 

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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