笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

高止まりしていたコメの店頭価格が下がり始めた、という報道が相次いでいます。農林水産省のPOSデータでも、2026年4月27日の週の平均価格は5キロ3796円となり、前週より46円下がりました。全国のスーパー約1000店を対象にした価格で、直近の店頭感覚としても「ようやく少し下がってきた」と受け止める消費者は少なくないでしょう。スーパーの米売場に少しずつ変化が出ています。

 

けれども、忘れてはならないことがあります。私たちはほんの少し前まで「米が買えない」「いつもの銘柄がない」「あっても高い」という不安の中にいました。2024年夏以降、猛暑や少雨による品質低下、精米歩留まりの悪化、外食需要の回復、さらに災害不安を背景にした買いだめ行動などが重なり、スーパーの棚から米が消える地域も出ました。2024年秋に新米が出回ってからも価格は高止まりし、2025年に入っても生活者の負担感は続きました。

 

朝日新聞SDGs ACTIONに2026年4月に掲載された記事「2025年米不足はなぜ起きた?」は、2024年夏以降の米の品薄と価格高騰を「令和の米騒動」として整理し、その原因、政府対応、今後の見通しを農業政策の視点から解説しています。記事の要点は、米不足を単なる一時的な欠品ではなく、生産、流通、在庫、価格、消費者心理が連鎖して起きた構造的な問題として見るところにあります。

 

店頭価格が下がると、人は安心します。安心すること自体は悪いことではありません。しかし、「のど元過ぎれば熱さを忘れる」ように、あの混乱を一過性の出来事として忘れてしまえば、次の混乱への備えはできません。価格が下がり始めた今こそ、コメ流通の現状と、販売店の役割を見直すべきときです。

 

振り子のように揺れるコメ流通

 

帝国データバンクの資料によると、2025年度の「米屋」の休廃業・解散件数は75件となり、前年度の82件から3年ぶりに減少しました。背景には、コメ価格の高止まりによって在庫米に予期しない利益が生まれ、多くの米屋の業績が一時的に改善したことがあります。

 

実際、2025年度は8割の企業が前年度から増益となり、営業利益率の平均も前年度の1.8%から約5.0%へ大きく改善しました。長く低収益に苦しんできた米屋にとって、これは久しぶりに息をつける数字でした。

 

 

しかし、この好転をそのまま「米屋の復活」と見るのは早計です。同資料は、今回の利益増は価格高騰による恩恵が大きく、本質的な競争力改善とは言いがたいと指摘しています。

 

さらに、令和7年産米の収穫と市場供給が進むなかで、コメ不足から一転して「コメ余り」の様相も見え始めています。高値で仕入れた在庫が市況下落によって値下げを迫られれば、米屋には逆ザヤのリスクが生じます。つまり、米屋はいま、「売るコメがない苦しさ」から、「高く仕入れたコメをどう価値に変えるか」という新しい局面に入っているのです。

 

農林水産省の令和7年産米の集荷・販売状況を見ても、変化は数字に表れています。令和8年3月末時点の全国計では、集荷数量は266万1000玄米トン、契約数量は239万5000玄米トンで契約比率は90%に達しています。

 

一方、販売数量は100万1000玄米トン、販売比率は38%にとどまり、前年同月の販売比率51%を下回っています。集荷は増えたが、販売は前年を下回る。この数字は、需給が短期間で大きく揺れ、流通の現場に在庫、価格、販売速度の判断が重くのしかかっていることを物語ります。

 

価格の説明から食卓の提案へ

 

この時代にコメ専門店は何を担うべきでしょうか。

 

第一の役割は、生活者の不安を受け止め、情報をわかりやすく伝えることです。価格が上がった理由、下がり始めた理由、銘柄による違い、産地の状況、新米と古米の特徴、輸入米やブレンド米の位置などをを正直に語れる店は、単なる販売場所ではなく、食卓の相談窓口になります。

 

店頭価格が下がり始めた今も、すべての米が一様に安くなっているわけではありません。銘柄、産地、精米時期、仕入れ時期によって価格差はあります。安く見える米にも理由があり、高く見える米にも理由があります。その違いを生活者の言葉で説明できることが、専門店の力です。

 

たとえば、店頭に「なぜ今、価格が下がっているのか」「今年の新米価格はどう見ればよいのか」「家計を抑えたい家庭に向く米はどれか」といった小さな説明カードを置いてみましょう。あるいは、接客の中で「毎日のお弁当なら冷めても硬くなりにくい米」「カレーや丼ものなら粒立ちのよい米」「高齢のご家庭ならやわらかく炊きやすい米」と提案しましょう。これだけで、米は単なる価格比較の商品ではなく、暮らしに合わせて選ぶ商品になります。

 

さらに、2合ずつの食べ比べセットを用意すれば、5キロを買う前に試すことができます。「今週のおにぎり米」「冷凍ごはんに向く米」「朝食用の軽い食味の米」といったテーマを設ければ、売場に会話が生まれます。

価格表だけならお客様は安い順に見ます。しかし、用途別に語られると、「わが家の食卓にはどれが合うか」と考え始めます。ここに専門店らしい接客の余地があります。米を売るのではなく、食卓の場面を一緒に選ぶのです。

 

米屋は地域の食卓を編集する

 

第三の役割は、産地と消費地をつなぐことです。生産者の高齢化、気候変動、物流費上昇、需要減少など、米をめぐる課題は店頭価格だけを見てもわかりません。だからこそ、コメ専門店は「誰が、どこで、どのように育てた米か」を伝える編集者になれます。産地訪問、契約栽培、予約販売、年間購入制度、飲食店との共同メニュー開発などにとりくみ、売場の奥にある物語を伝えましょう。そうすれば、生活者は一袋の米に意味を感じるようになります。

 

生き残り策として重要なのは、まず仕入れと在庫のリスク管理です。高値局面で一気に仕入れるのではなく、産地、銘柄、価格帯を分散し、在庫回転を見える化することが欠かせません。

 

次に、家庭向けだけでなく飲食店、弁当店、介護施設、保育園など、安定需要のある業務用顧客との関係を深めることです。たとえば、地域の弁当店に「冷めてもおいしいブレンド米」を提案し、月ごとの使用量をもとに年間契約へつなげましょう。保育園には安全性や食べやすさを説明し、食育だよりに米の話題を提供するのです。飲食店には、メニューに合わせた炊飯方法まで提案しましょう。こうした取り組みは、単なる卸売ではなく、相手の商売や暮らしを支える仕事になります。

 

さらに、小分け精米、定期宅配、ギフト、米粉、雑穀、炊飯講座、おにぎり販売など、米を軸にした周辺価値を育てることも有効です。高齢者には重い米を届ける定期便が喜ばれます。共働き世帯には、保存しやすい少量パックや無洗米が役立ちます。若い世代には、炊飯器任せではなく「浸水」「水加減」「冷凍保存」まで伝えることで、米をおいしく食べる体験を増やせます。

 

米屋の未来は、米を安く売ることだけにはありません。むしろ、米を正しく知り、おいしく食べ、無駄なく使い、作り手に思いを寄せる文化を地域に残すことにあります。

 

コメ流通が揺れる時代だからこそ、専門店の価値は失われるのではなく、問い直されています。棚に米を並べるだけの店は厳しくなります。しかし、食卓の不安を安心に変え、価格の理由を納得に変え、産地の努力を食べる喜びに変えられる店には、まだ大きな役割があります。

 

店頭価格が下がり始めた今、安心して終わりにしてはいけません。米が買えなかった時の不安を忘れず、米が買える時にこそ、流通と食卓の関係を結び直す。その結び目をつくる商人こそ、これからのコメ専門店です。

 

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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