笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

“便利な店”より“記憶に残る店”が強い

買い物の不便はずいぶん減りました。スマートフォンを開けば、必要なものはすぐに探せます。価格も比べられます。翌日、場合によってはその日のうちに届くこともあります。

 

こうした時代に、店は「便利さ」だけで選ばれようとすると苦しくなります。営業時間、品揃え、価格、配送、決済など、便利さの競争には資本力の大きい企業が強いからです。

 

では、小さな店や地域の専門店は何で選ばれればよいのでしょうか。その答えの一つが「思い出される店」になることです。

 

便利な店は、必要なときに使われます。けれど、思い出される店は必要になる前に心に浮かびます。「あれなら、あの店に聞いてみよう」「贈り物なら、あそこが安心だ」「困ったときは、あの人に相談しよう」と思い出されるか否かの差はとても大きいのです。

 

便利さだけでは代わりがきく

 

便利な店はありがたい存在です。近い、早い、安い、選びやすいことは、お客様にとって大切な価値です。しかし、便利さだけで選ばれている店には弱さもあります。

 

もっと近い店ができれば、そちらに行きます。もっと安い店があれば、そちらで買います。もっと早く届くサービスがあれば、そちらを使うのが人の常です。つまり、便利さは比較されやすい価値なのです。

 

ある日用品店では、以前は「近所で買える便利な店」として利用されていました。しかし、周辺に大型店ができ、ネット通販も日常化すると、来店頻度が少しずつ減っていきました。そこで店主は品揃えを増やすのではなく、店の役割を見直しました。

 

「この地域の高齢のお客様が何に困っているか」「大きな店では聞きにくいことは何か」「買った後に、どう使えばよいかまで伝えられているか」といった、地域の高齢者の視点に立ち、電池や電球、洗剤、衛生用品など、暮らしの中で迷いやすい商品にわかりやすい説明を添えました。さらに「交換で迷ったら現物をお持ちください」と店頭に掲げました。

 

すると、店は単なる日用品店ではなく、暮らしの小さな困りごとを相談できる店として思い出されるようになりました。便利さで負けても、記憶で勝つ道をこの店は示してくれました。

 

思い出される店には言葉にできる理由がある

 

お客様が誰かに店をすすめるとき、必要なのは「理由」です。「あそこ、安いよ」「あそこ、近いよ」というのも理由です。けれど、もっと強いのは体験に根ざした理由です。

 

「あの店は、ちゃんと相談に乗ってくれる」「あそこで買うと、失敗しない」「あの人のすすめるものは、暮らしに合う」「あの店は、贈り物を選ぶときに頼りになる」といった理由がある店は、記憶に残ります。そして記憶に残る店は、必要な場面で呼び戻されます。

 

ある和菓子店では、季節の商品をただ「限定品」として出すのではなく、「誰に、どんな場面で贈ると喜ばれるか」を丁寧に伝えています。「ご年配の方には、甘さ控えめのこちらを」「小さなお子さんのいるご家庭なら、こちらが分けやすいです」「お礼の品なら、箱の大きさはこのくらいがちょうどよいです」と、お客様の目的に合わせて、一言を添えます。

 

この店は、和菓子を売っているだけではありません。お客様の「失礼なく、気持ちが伝わる贈り物をしたい」という不安を受け止めています。その結果、お客様は後日こう思い出します。「手土産なら、あの店に行こう」。これが思い出される店の強さです。商品名ではなく、用途と安心で記憶されているのです。

 

記憶に残る店は日々の小さな接点でつくられる

 

思い出される店になるために、特別な演出が必要なわけではありません。大切なのは、日々の小さな接点を記憶に残るものに変えることです。

 

たとえば、会計時の一言。「今日は暑いので、冷やして召し上がるとおいしいですよ」「前回のものより、こちらは少し軽い着心地です」「これなら、週末のお出かけにちょうどいいと思います」といった言葉は、単なる接客ではありません。お客様の生活と商品を結びつける言葉です。

 

また、売場の見せ方も大切です。「人気商品」と書くだけではなく、「初めての方に選ばれています」「忙しい日の夕食に」「贈り物で迷ったらこちら」と示すことで、お客様は自分の場面と重ねやすくなります。

 

思い出される店は、お客様に考えさせすぎません。「こういうときは、この店」という記憶の引き出しを、日々の売場と言葉でつくっています。便利な店は、そのとき選ばれる店です。思い出される店は、次の機会にも選ばれる店です。

 

人口が減り、来店頻度が減り、便利な選択肢が増える時代に、小さな店が守るべきものは、単なる利便性ではありません。「あの店に行けば大丈夫」という記憶です。店の強さは、目の前の一回の買い物だけでは測れません。お客様の心の中に、どんな場面で思い出されているか。そこに、これからの商いの大切な競争力があります。

 

便利さで選ばれる店も必要です。しかし、長く愛される店は記憶で選ばれます。だからこそ、小さな店ほど問い直したいのです。あなたの店は、どんな場面で思い出されていますか。

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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