笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

店主の言葉がある店はなぜ強いのか

店頭に一枚の手書きPOPがあります。きれいに印刷されたものではありません。少し文字に癖があり、行もわずかに曲がっています。けれど、その言葉に足が止まることがあります。

 

「この季節になると、毎年楽しみにしてくださる方がいます」
「派手ではありませんが、使うほど良さがわかる一品です」
「私は、これを朝に食べるのが一番好きです」

 

たった数行です。しかし、その数行から店主の顔が見え、商品を選んだ理由が見えます。売りたいという思いだけでなく、「これは本当にいいものです」と伝えたい気持ちがにじんでいるのです。

 

同じ商品が、ネットでも大型店でも買える時代です。価格、品揃え、利便性で比べれば、小さな店が常に有利とは限りません。だからこそ、地域の専門店や商店街の個店には、別の強みが必要になります。

 

その一つが「店主の言葉」です。店主の言葉がある店は、商品だけでなく店の考え方まで伝わります。そこに、お客様が「この店で買いたい」と感じる理由が生まれるのです。

 

 

言葉がある店には「選んだ理由」が見える

 

商品は、ただ並んでいるだけでは無言です。どれほど良いものでも、なぜそこに置かれているのかが伝わらなければ、お客様には数ある商品の一つに見えてしまいます。しかし、そこに店主の言葉が添えられると、商品は意味を持ち始めます。

 

福岡市のある青果店では、旬の果物にこう添えていました。「今年は少し小ぶりですが、甘みはしっかりしています。冷やしすぎず、食べる一時間前に冷蔵庫へ」。この一言で、お客様は単に果物を買うのではなく、店主が見立てた“食べ頃”まで受け取ることになります。価格や大きさだけでは判断できない価値が、言葉によって伝わるのです。

 

また、ある文具店ではノートの横にこう書かれていました。「万年筆で書く方には、この紙がいちばん気持ちいいです」。これは単なるスペック説明ではありません。店主自身が使い、比べ、納得した結果としての言葉です。だから読み手は「この店はわかっている」と感じます。

 

店主の言葉は商品の説明以上のものです。それは店が何を見て、何を選び、何を大切にしているかを伝えるものです。お客様はその言葉を通じて、商品だけでなく、店への信頼を買っているのです。

 

 

店主の言葉はプライスレス

 

価格はわかりやすい情報です。安いか高いか、一目で比較できます。だからこそ価格だけで勝負すると、どうしても競争に巻き込まれます。一方、店主の言葉は比較されにくいものです。なぜなら、それはその店にしかないものだからです。

 

たとえばある惣菜店では、煮物にこんなPOPをつけていました。「忙しい日にこそ、こういう味が食卓にあるとほっとします」。この言葉を読んだお客様は、単に煮物の価格を見るのではなく、自分の夕食の場面を思い浮かべます。仕事で疲れて帰った夜。食卓に一品ある安心。そこに価値が生まれます。

 

別の衣料品店では、春物の上着にこう添えていました。「朝は寒く、昼は暖かい今の季節に、いちばん出番が多い一枚です」。素材やサイズだけではなく、生活の中での使いどころが示されています。お客様にとっては、「買うべき理由」が見える。だから、価格だけの比較から少し離れることができます。

 

もちろん、言葉があれば高く売れるという単純な話ではありません。大切なのは、言葉が商品の価値を正しく照らしているかどうかです。大げさな表現や売り込みの言葉では、かえって信頼を損ないます。

 

お客様の心を動かす言葉とは、派手な言葉ではありません。店主自身の実感がある言葉です。「使ってみてよかった」「こういう人に合う」「こういう場面で助かる」という率直さがお客様の心に届きます。

 

 

言葉のある店は記憶に残る店になる

 

お客様が店を思い出すとき、記憶に残っているのは商品そのものだけではありません。「あの店の人が、こう言っていた」「あのPOPが印象に残った」「あの説明で買う気になった」そうした言葉が店の記憶になります。

 

ある和菓子店では季節の菓子に毎回、店主の短い言葉を添えていました。「春を待つ気持ちを、少し早く包みました」「暑い日には、冷たいお茶と一緒にどうぞ」。商品名だけでは伝わらない季節感が言葉によってふくらみます。お客様はその菓子を買うだけでなく、季節を味わう気持ちになります。そして次の季節にも、「また何か出ているかな」と店を思い出します。

 

店主の言葉がある店は、再来店のきっかけをつくっています。新商品があるから来るのではありません。次はどんな言葉で紹介されているか、どんな提案があるかを見に来るのです。その積み重ねが、店との関係を深めていきます。

 

 

顔の見える商いには顔の見える言葉を

 

言葉は、接客の代わりにもなります。店主が忙しくて一人ひとりに声をかけられないときも、POPや店頭メッセージが代わりに語ってくれます。初めてのお客様に対しても、「この店はこういう思いで商品を扱っています」と静かに伝えてくれます。

 

だからこそ、店主の言葉は売場の飾りではありません。店の人格そのものです。うまい文章である必要はありません。整った言葉でなくても構いません。大切なのは借り物の言葉ではなく、自分の実感で語ることです。

 

「なぜ、この商品を仕入れたのか」「誰に使ってほしいのか」「どんな場面で役立つのか」「自分なら、どう楽しむのか」という問いに対する答えを一言で売場に置きましょう。それだけで商品は少し違って見えます。店も少し違って感じられます。

 

小さな店が大きな店と同じ言葉で戦う必要はありません。むしろ、小さな店だからこそ店主の声が届きます。顔の見える商いには、顔の見える言葉が必要です。店主の言葉がある店は、安さだけではない理由で選ばれます。商品に意味が宿り、売場に温度が生まれ、店が記憶に残ります。そしてその記憶が、「また行こう」という気持ちにつながっていくのです。

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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