笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

相談される店は、なぜ価格競争に巻き込まれにくいのか

値上げが続く時代です。原材料費が上がる。物流費が上がる。人件費も上がる。商いの現場では、かつてのように「安くすれば売れる」という単純な話では済まなくなりました。にもかかわらず売場ではなお、価格が強い武器であることも事実です。お客様は値札を見ます。比較もします。競合店の価格も気にします。だからこそ、多くの店が価格の引力に引っぱられます。

 

けれど、その一方で価格競争の渦に巻き込まれにくい店もあります。決して最安値ではありません。むしろ少し高いことさえあるのに、それでも選ばれます。しかも、お客様は価格だけで離れたりはしません。そうした店に共通しているのは、商品を売る前に“相談される関係”をつくっていることです。

 

「どれが合いますか」「うちの場合は何を選べばいいですか」「前に買ったものに近いのはありますか」といった言葉が日常的に交わされる店は、価格だけで比べられにくくなります。なぜなら、お客様が買っているのが商品だけではなく、判断の助け、失敗しない安心、自分に合った提案だからです。価格競争を避けたいなら、価格を語る前に相談される店になる必要があります。

 

価格で比べられる店と相談される店の違い

 

価格で比べられる店では、お客様は「どれが一番得か」を探しています。一方、相談される店では、お客様は「自分にはどれが合うか」を確かめようとしています。この違いは大きいようでいて、実は日々の接客や売場づくりの積み上げの中で生まれます。

たとえば同じ包丁を扱う店でも、ただ「切れ味抜群」「職人仕上げ」と並べているだけでは、お客様は価格と見た目で比べるしかありません。けれど、「家庭用なら軽いこちら」「硬い野菜をよく切るならこちら」「初めての一本ならこれ」と示されていれば、選び方の軸が生まれます。そこへさらに「普段は何をよく作られますか」と一言かければ、売場は比較の場から相談の場へ変わります。

 

静岡市のある老舗刃物店では、観光客も地元客も多く訪れますが、最初に価格の話から入ることは少ないそうです。むしろ「ご自宅用ですか」「毎日使われますか」「贈り物ですか」と用途を聞き、使う場面に合わせて提案します。その結果、「少し高くても、こちらが合うなら納得できる」と買ってくださるお客様が多いといいます。ここで売れているのは、包丁そのものだけではありません。“選ぶ自信”です。

 

価格競争に巻き込まれやすい店は、お客様に判断を丸投げしています。相談される店は、その判断を一緒に引き受けています。この差が価格以外の価値を生みます。

 

相談される店は「売る前」に信頼をつくっている

 

お客様が相談するのは、その店に答える力があると感じるからです。もっと言えば、「この店なら、自分に不利なものを無理に売りつけない」と信じられるからです。ここに信頼があります。

 

八王子市のある寝具店では、布団や枕を選びに来たお客様に対して、最初から高単価の商品を勧めるのではなく、「肩こりが気になるのか」「暑がりか寒がりか」「いま使っていて不満なのは何か」を丁寧に聞くそうです。そのうえで、ときには「今回は買い替えなくても、敷き方を変えるだけで楽になりますよ」と伝えることもあります。

 

短期的に見れば売上を逃しているように見えるかもしれません。けれど、その誠実さが「あの店はちゃんと見てくれる」という評判を生み、後日あらためて来店されたり、家族を連れて来られたりする。信頼は売った後ではなく、売る前の向き合い方でつくられるのです。

食品店でも同じことが起こります。船橋市のある味噌店では、「人気No.1」よりも、「毎日のみそ汁ならこちら」「贈り物なら甘みのあるこちら」と、選ぶ理由を生活に沿って伝えるようにしたところ、価格だけを見ていたお客様が、「じゃあ、うちにはどちらが合いますか」と質問してくれるようになったそうです。その瞬間から、店は売場ではなく相談窓口になります。

 

価格競争に巻き込まれにくい店は、安さで引きつけていません。「ここで聞けばわかる」「ここなら外さない」と思っていただくことで選ばれています。お客様は、価格の安さよりも、失敗の少なさを重視します。とくに、専門性が高い商品ほどその傾向は強くなります。

 

相談される店には「言葉」と「余白」がある

 

相談される店には、共通して二つのものがあります。一つは話しかけやすい言葉、もう一つは話しかけられる余白です。

 

言葉とは売場やPOP、接客の入口にある“ひと言”です。「初めての方はこちら」「迷ったらお声がけください」「ご用途に合わせて選びます」といった言葉があるだけで、お客様は「聞いてもよいのだ」と安心します。逆に、専門用語ばかりが並び、価格とスペックだけが前面に出ている売場では、質問する前に萎縮してしまいます。

 

余白とは“店の姿勢”です。忙しすぎて誰も顔を上げない。話しかけると面倒そうに見える。すぐに商品説明が始まり、こちらの話を聞いてもらえない。こうした空気のある店では、相談は生まれません。相談される店は、完璧に時間がある店ではありませんが、少なくとも「聞く姿勢」が見えます。

 

岡崎市のある文具店では、高級筆記具の売上を伸ばすために、スペックを増やすのではなく、「贈り物に選ぶ方が多いです」「長く使う一本を探す方に人気です」といった言葉を加え、さらにスタッフが「どなたに贈られますか」と自然に聞くようにしたそうです。

 

すると、価格を比較していたお客様が、贈る相手のことを話し始めるようになりました。そこから提案が始まり、納得して購入される割合が増えていきました。価格が下がったわけではありません。相談が先に立ったことで、価格の見え方が変わったのです。

 

価格競争から逃れる方法は、価格を無視することではありません。価格を上回る理由を、きちんと渡せる店になることです。その最も確かな方法が、相談される関係をつくることなのです。

 

安いから買う。それは一度きりで終わることがあります。けれど、「ここで相談してよかった」と思っていただけた店は、次にも選ばれます。価格は比較されても、信頼は比べられにくいものです。だから、相談される店ほど価格競争に巻き込まれにくいのです。

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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