笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

その外国人客はなぜあなたの店に入らないのか

朝の商店街を歩いていると、以前はあまり聞こえなかった外国語がふと耳に入ることがあります。駅前の土産店だけではありません。昔ながらの和菓子店、刃物店、文具店、喫茶店にも、訪日客が立ち寄る光景が少しずつ増えてきました。インバウンドは、もはや一部の観光地や大型店だけの話ではありません。地方都市や商店街にも、確実に波及しはじめています。

 

観光庁の2026年1〜3月期「インバウンド消費動向調査」によれば、訪日外国人旅行消費額は2兆3,378億円で、前年同期比2.5%増でした。国籍・地域別では台湾が3,884億円で構成比16.6%と最も大きく、韓国3,182億円、中国2,715億円、米国2,592億円、香港1,482億円と続きます。つまり、訪日需要そのものは依然として高い水準にあり、その消費の受け皿を都市部だけに限る理由はありません。

 

 

さらに注目したいのは、何にお金が使われているかです。費目別構成では、宿泊費が36.7%で最も多く、次いで買物代25.2%、飲食費22.9%の順でした。前年同期と比べると、宿泊費、飲食費、交通費、娯楽等サービス費の構成比が増えています。これは、訪日客の消費が単なる「爆買い」だけでなく、滞在や飲食、体験へと広がっていることを意味します。地方・商店街にとって、ここに大きな可能性があります。なぜなら、宿泊そのものは地域のホテルや旅館が担うとしても、買物や飲食、体験はまさに個店や商店街の役割だからです。

 

 

何人来るかより自店に入る理由があるか

 

インバウンドを語るとき、つい訪日客数や総消費額の大きさに目が向きます。しかし、地方の商店街や専門店にとって本当に重要なのは、「日本に何人来たか」ではなく、その人たちが自分の店の前を通ったとき、入りたくなる理由があるかです。

 

たとえば、地方の味噌店を考えてみましょう。日本人なら「老舗」「地元の味」「手づくり」で価値が伝わるかもしれません。けれど、初めてそのまちを訪れた外国人には、それだけでは十分ではありません。何に使うのか、どう味わうのか、持ち帰ったあとどう楽しめるのか、そこまで見えなければ興味はあっても購入にはつながりにくいのです。

 

和菓子店なら、「練り切り」「上生菓子」と並べるだけでなく、「季節を表す小さな和の芸術」「抹茶に合う」「贈り物にも旅の記念にもなる」と伝えましょう。刃物店なら、「職人の技」だけでなく、「家庭用にも使いやすい」「軽くて持ち帰りやすい」「日本の食文化を感じられる」と見せましょう。文具店なら、「日本製で精密」だけではなく、「旅の思い出になる」「手紙や日記を書きたくなる」と、使う場面を添えるのです。つまり必要なのは、外国人向けに特別な商品をつくることではなく、今ある価値を初めて来た人にもわかる形に翻訳することです。

 

観光庁の調査では、訪日外国人1人当たり旅行支出は22万1,000円です。国籍・地域別ではフランス40万8,000円、オーストラリア40万4,000円、ドイツ39万9,000円と高く、米国も32万3,000円、カナダ32万円と高水準です。つまり、人数の多い国・地域だけを見るのではなく、1人当たり支出が高い層にどんな価値を届けるかという視点も重要です。高価格帯の商品や背景のある地域産品、体験性の高いサービスは地方の個店にとってむしろ相性がよいのです。

 

地方・商店街の強みは「買い物」より「記憶に残る体験」

 

大都市の百貨店や量販店には、品揃えや免税対応、決済の便利さではかなわない部分があります。けれど、地方の商店街や専門店には別の強みがあります。それは、このまちでしか得られない体験です。

 

観光庁の費目別構成を見ると、買物代は25.2%ですが、飲食費は22.9%、娯楽等サービス費も5.1%あります。つまり訪日客は物を買うだけでなく、食べること、過ごすこと、体験することにもしっかりお金を使っています。ここに地方商業の出番があります。

 

たとえば茶舗なら茶葉を並べるだけでなく、短時間の試飲で味の違いを伝えましょう。醤油店なら料理別の使い分けを一言で示しましょう。食器店なら「軽い」「電子レンジ可」「土産にしやすい」と実用情報を添えましょう。喫茶店なら流暢な語学がなくても、「地元で愛されている一品」「おすすめはこれ」と笑顔で示せばよいのです。訪日客が求めているのは、単に「日本で買った」という事実ではありません。「このまちで、こんな人から、こんなものを買った」という記憶です。

 

しかも国・地域によってお金の使い方には違いがあります。調査では、買物代が大きいのは台湾1,297億円、中国890億円、韓国732億円などで、宿泊費や飲食費の大きさも国によって差があります。欧米豪の旅行者は1人当たり支出が高く、宿泊や飲食、体験への支出も大きい傾向が見えます。つまり、商店街や個店は「どの国の人にも同じ対応」をするより、自店の商品やサービスがどの層に響きやすいかを考えたほうがよいのです。

 

外国人歓迎より「誰にもわかる店」になる

 

地方や商店街がインバウンドを商機に変えるために必要なのは、「外国人歓迎」と大きく掲げることではありません。もっと本質的には、誰が来てもわかる店になることです。店頭で何を売っているのか。いくらなのか。どう使うのか。持ち帰れるのか。贈り物に向くのか。写真を撮ってよいのか。こうした情報が日本の個店の店頭には意外なほど不足しています。日本人には通じる空気や文脈では、初来店の外国人には通じません。だから入りにくい。逆にそこが整えば、地方の個店は十分に選ばれます。

 

商店街全体でできることもあります。外国語併記の簡易マップをつくっていますか。食べ歩きしやすい商品をわかりやすくしていますか。各店のおすすめを一つに絞って打ち出していますか。営業時間、決済方法、持ち帰り可否を見やすくしていますか。免税ができない店でも、「ここでしか買えない」「すぐ使える」「店主の話が聞ける」という価値があれば、十分に勝負できます。

 

明日からできることは大がかりな投資ではありません。店頭に一つ、写真つきの説明を足しましょう。人気商品を一つ、旅行者にもわかる言葉で言い換えましょう。価格と用途を、ひと目でわかるようにしましょう。それだけでも、店の入りやすさは大きく変わります。

 

インバウンド需要は都市だけのものではありません。地方にも、商店街にも、専門店にも、届く可能性があります。観光庁の数字が示しているのは、人も消費も依然として高い水準にあり、その中で買物・飲食・体験が確かな比重を持っているということです。ただし、その可能性は待っているだけでは売上になりません。選ばれる理由を見える形にした店から、波は届きます。

 

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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