笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

五つの「みる」

「みる」という言葉には、漢字で「見る」「観る」「診る」「看る」「視る」という書き方があり、それぞれに意味が異なります。その違いこそが商人の仕事の深さを教えてくれます。“見方”が変われば、“商い”も変わります。今回は、五つの「みる」を通して、お客様と向き合う心を考えてみましょう。

 

見る──まず「気づく」ことから始まる

 

「見る」は、もっとも基本的な行為です。店に立てば、商品を見て、棚を見て、客の動きを見ます。けれども多くの商人が、毎日同じ光景を“見慣れてしまう”ことがあります。「気づき」は、いつも見慣れた風景の中にこそ潜んでいるのです。

 

たとえば、青森県弘前市の市民市場「虹のマート」の浜田大豊さんは、市場に戻った日から毎朝「見回り」を欠かしません。売場の温度計、通路のゴミ、客の笑顔。どれも小さな“見る”の積み重ね。その眼が「改善の芽」を見逃さないのです。

 

「まず見る、そして気づく」──商いの原点はそこにあります。

 

観る──心で味わい、意味を見出す

 

次の「観る」は、心で感じる“鑑賞の眼”です。映画を「観る」ように、お客様の表情や行動を味わうように観察する。そこに“お客様の物語”が見えてきます。

 

たとえば、無印良品が掲げる「感じ良い暮らし」という理念。同社のスタッフは、売場を「観察する」ことで、暮らしの“感じ良さ”を提案しています。「何が売れるか」よりも、「お客様がどんな暮らしを望んでいるか」を観ているのです。

 

“観る”とは、数字では測れない価値を見出す眼。商人の「観察眼」は、売場を物語の舞台に変えます。

 

診る──課題を見抜き、処方する

 

三つめの「診る」は、医師が患者を診るように、“本質を見抜く眼”です。お客様の困りごとを聞き、行動の背景を読み取る。その上で、最適な提案をすることが商人の「診立て」です。

 

たとえば、岩手県盛岡市の呉服店「こうや呉服店」は、着物の販売だけでなく、着付けの相談や保管の悩みにも応じています。「この人には何が似合うか」だけでなく、「どんな場面で自信を持ってもらえるか」を診ているのです。

 

表面的な売上より、お客様の“人生”を診る姿勢です。商人は販売者であると同時に、“暮らしのドクター”でもあります。

 

看る──寄り添い、支える

 

四つめの「看る」は、看護や看病の“寄り添う眼”です。病気を治すのではなく、人を支える心。これは、常連客との関係づくりにそのまま通じます。

 

北海道旭川市の自転車店「高砂輪業」では、社長が修理に来るお客様一人ひとりを名前で呼びかけます。「お元気でしたか?」と声をかけ、空気を読み、時には世間話で心をほぐす。

 

お客様の“生活のリズム”を看ているのです。“看る商人”のもとには、安心して頼れるお客様が集まります。

 

視る──広く、そして先を見据える

 

最後の「視る」は、視野の「視」。個々の目先ではなく、社会全体の流れを見渡す“洞察の眼”です。人口減少、消費構造の変化、AIやOMOの進展――こうした大きな変化をどう視るかが、これからの商いを左右します。

 

たとえば、リサイクルショップ「パス・ザ・バトン」は、リサイクルを“文化”としてとらえています。ただ古着を売るのではなく、「ものの命を次につなぐ」視点で商いを組み立てています。

 

“視る商人”は、目の前の売上よりも、未来の価値を見つめています。視野の広さが、商いの深さになるのです。

 

「みる」は心の姿勢

 

このように五つの「みる」はそれぞれ違うけれど、共通しているのは“心の向き”です。目の前のものをただ「見る」のか、心で「観る」のか。困りごとを「診る」のか、人を「看る」のか。未来を「視る」のか。その違いが、同じ売場でもまったく異なる景色を生みます。

 

商人とは、見る人であり、観る人であり、診る人であり、看る人であり、視る人ではければなりません。そして、そのすべてを貫くものは“愛ある眼差し”です。今日もまた、お客様と地域を“よくみる”ところから、商いは始まります。

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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